ワクワクチェーンソーデスマッチ
劉度
起
昔、仕事でフィリピンに行ったことがある。
俺の仕事で海外に行くことがあるのかって? しょうがねえだろ、相手がフィリピンにいたんだから。
フィリピンっていっても有名な所じゃないぞ。ワクワク島っていう小さな島だ。
いやふざけてねえよ。本当にそういう名前なんだって。パナイ島のイロイロ州にあるんだよ。だからふざけてないっつーの。ググってみろ。ほら、あるだろ、パナイ島のイロイロ州。その近くにワクワク島があるんだ。
ワクワク島は凄い小さい島でな、定期便なんて通ってない。だからイロイロの街で案内人を探さないといけなかった。幸い、その島に住んでる人が見つかって、ボートで案内してもらえた。モーターボートだぞ。手漕ぎじゃ無理な距離だからな。
それでワクワク島に着いたらビックリしたよ。50人くらいの島民が俺を待ってたんだ。島のほぼ全員だ。案内人からの連絡を受けて、観光客をおもてなししようって話だったらしい。
「日本の人、ようこそー! ワタシ、ワクワク島の村長でーす!」
「ようこそー!」
「ごちそうー!」
みんな片言の日本語で挨拶してくれた。案内人が言うには、この島の人たちはちょっとだけ日本語ができるらしい。
島の人たちはお手製の楽器でよくわからない音楽をどんちゃん鳴らしてた。あと、桟橋にテーブルが並べられて、その上に大皿料理がいくつも置かれてた。船着き場がパーティー会場になってたんだよ。ウェルカムドリンクとか言ってビールを渡されて、それからもうどんちゃん騒ぎだ。小さな島でみんな暇だから、観光客が来る度にお祭りになるんだと。
パーティーの最中に、俺は村長に聞いてみた。
「なあ、ちょっと前からこの島に日本人が来てないか?」
「日本人? 来てないよ? オニイサンが久しぶりのお客さんだよ!」
そう言われて本気で困ったよ。俺はその日本人を探しに来たのに。いないって言われたら何のために来たんだか……。
そんな風に考えてると、ジョッキを突き出された。
「もー、オニイサン、もっとハッピーな顔してよー! 今日はオニイサンが主役なんだから!」
現地民の若い女だった。そいつは馴れ馴れしく俺の二の腕をぺしぺし叩いてきた。
「オニイサンたくましいネー。ホントに日本人? お仕事なに?」
気持ちはわかる。身長186cm、体重86kgだからな。並の日本人より一回り大きい。
「木こりだよ」
「木こり……」
女は俺の職業を聞くと、ちょっと嫌そうな顔をした。
「なんだ?」
「アナタ、木を切りに来たの?」
「いや、違う」
仕事で来たけど、あの島の木を切るつもりじゃなかった。
俺の答えを聞くと、女はホッとした様子だった。
「そっか。それなら良かった。わたし、マナ。よろしくね」
「ああ、よろしく」
マナから受け取ったグラスの中身は、バナナで作った珍しい酒だった。甘いけど甘ったるくなくて、スッキリした味わいだった。いい酒だったよ。
で、結局夜になるまでパーティーだった。料理は美味しかったし、みんな陽気に歌って踊ってたし、それが俺の歓迎のためだって言うもんだから抜け出せなくてな。島の人が半分ぐらい酔い潰れたところでやっとお開きになった。
俺は村長とマナに肩を支えられて、村外れの空き家に案内された。そこに泊まってけって話だった。小さい島だから、旅館なんて無かったんだろうなあ。
次の日、意外と質素な朝飯を食べていると、村長とマナがやってきて、島にいる間に守らないといけないルールを教えてきた。
まず、お守りを肌見放さず持っていること。こいつは虫除けで、無くすと蚊に刺されてマラリアになる。ヤバい。
次に、西のマングローブ林に近付かないこと。水の中に寄生虫がいる。ヤバい。
更に、北の洞窟には入らないこと。満潮になると洞窟全体が沈む。ヤバい。
全体的に、自然のトラップ勢ぞろいって感じだったな。ヤバかった。
そんな感じで島の危ない場所を教えてもらってたんだけど、最後にマナが変なことを言った。
「あと、大切なこと。ワクワクって声がしたら、声がする方には絶対近付いちゃいけない」
「わくわく……?」
ちょっと言ってる意味がわからなかったな。
「その、わくわくしてるのって誰なんだ?」
「ワクワクさまだよ。この島の守り神ね。ワクワクさまの姿は見ちゃいけないって、島の人はみんな知ってます」
「見たらどうなる」
「喉と腹を斬り裂かれて、内臓を食べられて死ぬ」
そりゃバケモンだろって言いそうになったけど、ギリギリで我慢した。地元じゃ神様なんだから、失礼だもんな。
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