Leucanthemum paludosum Ⅰ
夏休みを迎えた図書室は、普段よりもとても静かだ。
ぺら、と本をめくる音。赤ペンで丸をつける音。棚の間を歩く音。
ぼくたちはそれをBGMに、原稿用紙に向き合っていた。
「だぁーっ!! もうっ!!」
陽くんは、集中力がない。さっきまでスマホをいじってて、やっと始めたと思ったのに。
「なんで読書感想文なんか、書かなくちゃいけねぇんだよー!」
机に突っ伏して、呻く陽くん。声量は小さいけれど、物凄い悲壮感だ。
「仕方ないよ。図書委員は強制なんだから」
ぼくは陽くんを励ましながら、とりあえず一枚、書き上げる。陽くんはと言うと、まだ自分の名前しか書いていない。
全く、陽くんったら。数日しかない部活の休みを、有意義に使おうって言ってたくせに。
ぼくは小さく、肩をすくめる。
「だから、『書きやすい本にしたら?』って、あれほど言ったのに。ライトノベルなんかじゃ、絶対に書けないよ」
「うるせぇ! ラノベをバカにするな!」
別に、ライトノベルをバカにするつもりは、毛頭ないけれど。
「相応しい本」ってのが、あると思う。
「ほら、陽くん、頑張って。早くしないと、日が暮れちゃうよ」
「ううぅ……! 助けてくれぇ、葉月ぃ……!」
そんなに書くのが嫌なのか、陽くんはすでに涙目だ。
縋るような顔で、ぼくを見ている。
「もう、仕方ないなぁ……」
ぼくは陽くんの席に近づいて、手つかずの原稿を覗き込む。
陽くんの背中に、お腹をくっつけて。陽くんの頬に、顔を寄せて。
そのときに、感じてしまった。
陽くんの、髪のにおい。
あたたかい、シャンプーのにおい。
ああ、陽くん。
陽くん。
陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん陽くん。
――ああ、ダメだ。
こんなことを続けていても、意味がない。
ぼくは、ぼくの気持ちに、素直にならなきゃ。
「……ねぇ、陽くん」
それは案外、すんなりと言葉になって、口の端からすり抜けた。
「これ終わったら、ぼくの家に来ない? 例の新しいゲーム、買ったんだ」
「例のゲーム」という言葉を聞いた途端、陽くんは急に元気になった。
「え、マジ!? 行く、行く!!」
俄然、やる気になったようだ。シャーペンを握り直して、本文を書き始めている。
もう、陽くんは。
びっくりするほど、単純なんだから。
ぼくは心の中で笑った。
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