Leucαnthemum pαludosum Ⅲ

「あ……?」

 陽くんは最初、自分に何が起こっているのか、全く理解できていなかった。

 ただ、背中からお腹にかけて感じる熱を、言葉にしようと必死だった。

「う……、あ、あああああっ……!!」

 陽くんは、その場にうずくまった。

「ああああああああああっ!!」

 痛い。

 いたい。

 イタイ。

 陽くんは叫ぶ。

「な、何で……!! 何でだよぉっ、葉月ぃ……!!」

 陽くんは、ボロボロと涙を零す。

 ベージュ色のカーペットに、透明と赤がきれいに混ざる。

「陽くん」

 ぼくは、声を掛けた。

 陽くんの頬を流れる涙を、その熱い涙を、拭ってあげた。

「ぼくは、陽くんのことが好きだ」

 陽くんの、怯えた目。

 震えながら、ぼくを見ている。

「でもね。ぼくは君との関係性を、『好き』だとか『愛してる』だとかいう安っぽい言葉で、片づけるつもりはないんだよ」

 心の奥を、こじ開ける。

 ぼくの明かすべき、本心を。

「君のあらゆる輪廻転生、例え君が男でも女でも、言葉が通じても通じなくても、人になっても鳥になっても、虫になっても花になっても、無機物になっても有機物になっても……」

 陽くんの、柔らかい耳たぶ。

 噛みつきたくなるのを、じっとこらえる。

「……君の傍にいて、君の記憶の一部でありたい」

 ぼくは、陽くんのお腹をつぅと撫でた。

 陽くんが、呻き声をあげるように。

「君の記憶に、ぼくを刻みつけたい。記憶を持たないのなら、ぼくを認識させたい。認識できないのなら、ともに同じ空気を吸いたい。空気を吸う必要がなかったら、並んで風に揺られたい……」

 そして、優しく、丁寧に。

 陽くんの傷口を、抉ってあげた。

「……そして、最終的には」

 左手についた、陽くんの血。

 ぼくはそれを、舌でなぞる。

「君の、恋人になりたい」

 血と言葉が混ざり合い、舌の上で広がっていく。

「なるべく、人の姿で。一方的な、想いじゃなくて。君と一緒に、分かち合いたい」

 ああ、甘い。

 陽くんの、血液。

「その日まで、ぼくも君も、生まれ続ける」

 ……陽くんは、恐怖の色を隠さなかった。それは、刺された痛みから来るものかもしれなかったし、ぼくが陽くんの血を舐めたことに対する嫌悪から来るものかもしれなかった。

「な、何だよ、それぇっ……!!」

 「意味、分かんねぇよ!!」と、陽くんは言った。

 そうだよね。きっと、そうだろね。

 陽くんには、分からないだろう。ぼくが陽くんを怖がらせるために、嘘をついてると思ってる。

 ……でもね。全部、本当のことなんだよ。だってぼくは、全部ぜんぶ、覚えてるから。

「陽くん。これはね、運命なんだよ。ぼくたちは、何度生死を繰り返しても、必ず巡り合うことができる」

 ぼくは思い出した。

 陽くんの前世。

 そのまた前世。

 前世。

「ぼくは覚えてるよ。何千年も、何百年も前からずっと、ぼくたちは隣に居続けた……」

 前世。

 前世。

 前世。

「そう。何度も、何度も。何度も、何度も、何度も。何度も、何度も、何度も、何度も……」


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


「な、何で……! 何で、俺なんだよぉっ……!」

 陽くんは、おかしなことを言った。


 全くバカだね、陽くんは。

 理由なんて、必要ないじゃないか。

 だって、ぼくたちは。

 理由を持たせるには長すぎるほど、ずうっと一緒にいるんだから。


「いらないでしょ。理由なんか」

 ぼくは言った。

 思ったよりも、冷たい声だった。

「陽くん、言ったよね。男同士の恋は、気持ち悪いって」

 ぼくだって、苦しいよ。

 君とまた、終わりのない輪廻に身を委ねるのは。

「でも、さ。やっとぼくたち、人間同士になれたんだよ。こんな幸せな世界で、やっと『二人きり』になれたんだよ」

 だから君は、今度こそ。

 ぼくと、同じ気持ちになってほしかった。

「だけど、ぼくが陽くんを脅して……なんて、そんなのは絶対に嫌だ。そんなの、ちっとも嬉しくない……」

 ――だから、最後に。

「ほんの一瞬だけでいいから、ぼくと恋人同士になってほしい」

 ぼくは、陽くんの唇にキスをした。

「……っ、はぁっ……」

 本当に、少しの間だったけれど。

 ぼくは、陽くんと繋がった。

「じゃあ、『この世界』はおしまい」

 陽くんはバカだけど、何かを感じ取ったようだ。

 必死に首を横に振って、ぼくに訴えかけてくる。


 ああ。

 可愛いよ、陽くん。

 でも。


「またね、陽くん」

 耳をつんざくような、陽くんの悲鳴。どんな曲よりも、美しい。

「大丈夫。ぼくも、すぐにいくから」

 苛烈な断末魔とともに、陽くんの肌は冷たくなる。

「それに。また、会えるから」

 ぼくは、優しくほほ笑んだ。

 別れを愛おしくするために。

「絶対に、ね」

 そして。

 死の間際に感じられる、一瞬の静寂を楽しむために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

Leucanthemum paludosum 中田もな @Nakata-Mona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ