Leucanthemum paludosum Ⅱ

「お邪魔しまーす!」

 無駄に広い家の中に、陽くんの声が響く。

 返事のない空気の代わりに、ぼくが「どうぞ」と答えてあげた。

「おぉ、おまえの家、でかいなぁ!」

 面倒な読書感想文を書き終えたからか、陽くんはとても嬉しそうだ。

 スキップでもしそうな足取りで、元気にリビングに入っていく。

「うちの親、いつも帰り、遅いから。ゆっくりしていってね」

 コンビニで買ったお菓子やジュースを、袋の中から取り出して。ぼくと陽くんは、しばらく友だち気分を楽しんだ。

「で!? 例のゲームは!?」

 陽くんは、目をキラキラさせながら、ぼくの顔を覗き込む。お目当てのゲームが楽しみで、仕方がないらしい。

「ああ、うん……」

 ――やっぱり。

 陽くんは、可愛いな。

 「例の新しいゲームを買った」なんて、簡単な嘘に騙されて。

 ぼくの家に、ノコノコとやって来るなんて。

「……その前に、あのアニメの最新話、一緒に観ない? ぼく、まだ観てなくて」

「何だよ、葉月。おまえ、まだアレ、観てないのか」

 レコーダーの電源をつけて、アニメの録画を再生させる。陽くんはゲームをしたそうだったけど、すぐに画面に夢中になった。

「あ、おい! 今、サニーちゃん、映ったぞ!」

「陽くん、本当にその子が好きなんだね」

 ぼくは一旦席を離れて、ジュースのコップを取りに行った。

 ……という、口実を作った。

「うーん……! やっぱりいいよなぁ、このシーン! なんかさぁ、こう……、ギュイーンってなって、ガシューンってなる感じが!」

 大げさなジェスチャーまでつけて、陽くんは喜んでいる。

 後ろでちょこんと結んだ髪も、陽くんと一緒に揺れている。

「あははは。何言ってるのか――」


 ぼくは、陽くんの背後に立った。

 そして。

 台所の、包丁で。


「――ちっとも、分からないよ」

 陽くんの、背中を刺した。

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