Alstroemeria

 褪せた色のカーテンが、窓の端でちらちらと揺れる。

 ぬるい風。つたう汗。蝉の合唱。

 先生の声。チョークの音。数学の等式。

 ぼくは板書を取りながら、陽くんの背中を追いかけた。

 廊下側から数えて、三列目。必死に睡魔と戦いながら、うとうとしている陽くん。後ろで結んだ髪の毛が、兎の尻尾みたいで可愛い。

 ぼくは思う。毎日まいにち、朝練があって大変だね。ぼくは帰宅部だから、そういう忙しさとは無縁だけど。でもぼくは、楽しそうにグラウンドを駆け回る、そんな陽くんを見るのが好きだよ。

 授業が終わった途端、陽くんは元気になる。次の時間は体育だから、いつもの二倍は嬉しそう。

「葉月! 次水泳だろ、一緒に行こうぜ」

 廊下を出て、階段を下りて、更衣室に入っても、陽くんはずっとしゃべり続ける。

 「例のアニメ、観たか?」とか。「観たよ」と言ったら、「で、誰が好き?」とか。「主人公のライバルかな」と返したら、「何だよ、女子じゃないのかよ」とか。

 最初はただのクラスメイトだったのに。いつの間にか、こんなに仲良くなれた。

「俺はやっぱり、サニーちゃんだなぁ。分かるだろ、あの可愛さ!」

「分かるよ。だって、明星さんに似てるもんね」

「お、おまえなぁ……!!」

 今にも飛び掛かってきそうな陽くんに、「早く着替えないと、遅れるよ」と言ってあげる。陽くんは時間にルーズだから。委員会の会議には遅刻するし、朝だっていつもギリギリだ。

「っと、やべぇやべぇ」

 陽くんは、制服を脱ぐ。下着も脱いで、裸になる。

 ぼくは見る。陽くんの体を。

 細いように見えて、実は筋肉質な手足。「夏休みに入ったら、バリバリ筋トレしまくって、筋肉バキバキ割ってやる!」って、言ってたっけ。陽くんは単純だから、夏休みの目標もシンプルだ。

 ユニフォームがくっきりと分かる、健康的な日焼けのあと。「小麦色の肌」という言葉が、よく似合う。本人に直接言ったら、どんな反応をするのだろう。

 陽くんにはあって、ぼくにはないもの。色々あるけれど、これもその一つ。

 探せば探すほど、そして見つければ見つけるほど、ぼくはとても嬉しくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る