Leucanthemum paludosum

中田もな

Tulipa spp

「うわっ」

 隣から、同じクラスのはるくんの、少しこもった声がした。

 図書委員会の一員として、最低限のルールを守りつつ、何かを訴えかけてくる。

「なぁ、葉月はづき。見ろよ、これ」

 陽くんが持っているのは、返却作業中の小説だった。二人の若い男性が、嬉しそうに抱き合っている。もちろん、服は着たままで。

「これってさ、アレだろ? 男同士が、イチャイチャしてるやつ……」

「そうだね。BL小説みたいだね」

 返事をすると、「うへぇ」と嫌そうな顔をする陽くん。まるで汚いものを触るように、小説をちょんちょんとつついている。

「陽くんは、こういうの、嫌い?」

「嫌いって言うか……。気持ち悪いよな、普通に」

 陽くんは、ぼくにぎゅっと近づいて、ひそひそ声で耳を打つ。

 陽くんの、少し伸びた黒い髪が、首に当たってくすぐったい。

「だってさ。男と男が、アレするんだぜ? 俺には考えらんねぇよ」

「そうかな。ぼくは別に、その人の自由だと思うけど」

「まぁ、そりゃそうだけど……」

 口をもごもごさせて、少しだけ黙る陽くん。茶色い瞳を小さく伏せて、作業に戻ったフリをする。

 そう、あくまで「フリ」だけ。陽くんはぼくと同じ図書委員だけど、実際にしている仕事の量はぼくの二分の一以下だし、いつもサボってばかりいる。

 だって陽くんは、黙々と作業をするよりも、思い切り体を動かす方が好きだから。部活動はサッカー、それも中学の頃から。委員会だって、本当は体育委員会に入りたかったのを、ぼくは知っている。まぁ、ジャンケンで負けて、余りものの図書委員に回されたんだけど。

「けどさぁ、やっぱり俺は、可愛い女子と付き合いたいなぁ。髪はロングで、背はちょっと低めで、あとは胸が……」

「へぇ。具体的には?」

「そりゃあ、もちろん、明星あけほしさん――」

 ――口を滑らせて、はっとする。そういう陽くんも、とても可愛い。

「なるほど。二年C組の、元気で可愛い、チア部の明星さんね」

「くそぉっ!! ハメやがったな、葉月!!」

 頭をぐしゃぐしゃと掻きむしり、悔しそうにする陽くん。せっかくひそひそ声で話してたのに、今のリアクションで全て台無しだ。

「そこの男子、うるさい!!」

「す、すんません……」

 受験生に怒られて、ぺこぺこする陽くん。ぼくのことを睨んでるけど、そんなの全然、怖くないよ。

「……葉月のせいだかんな」

 下校三十分前の、チャイムが鳴る。ぼくは陽くんと一緒に帰って、途中でアイスを奢らされた。

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