Malva sylvestris Ⅰ
今日は暑い。とても暑い。ネットの記事もテレビのニュースも、熱中症の話題で持ちきりだ。
だから、ちっとも不思議じゃない。陽くんが部活の練習中に、突然ほてって倒れても。
「陽くん」
保健室の、白いベッド。ぼんやりとまどろむ陽くんに、ぼくは小さく呼びかけた。
「あれ、俺……」
「ランニングの途中で、倒れたんだよ。軽度だから問題ないって、先生は言ってたけど……」
そう言いながら、自販機で買ったスポーツドリンクを渡す。激しい運動量の割に、水分量が足りていなかったんだ。
「……無理したら、絶対にダメ。しっかり休んで、水分補給しないと」
「ああ……。わりぃな、サンキュー」
陽くんの手が、ぼくに触れる。陽くんの右手と、ぼくの左手。
陽くんの手には、ほくろがある。右手に一つ。左手に三つ。ぼくはその内の、小さな一つを見た。
「なぁ、葉月。俺、どれぐらい寝てた?」
「うーんと……。多分、一時間ぐらいかな」
「えっ、一時間!? やべぇ、紅白戦が――!!」
陽くんは、慌ててがばっと立ち上がる。さっきまで大人しく寝ていたのに、元気になったらすぐこれだ。
全く、陽くんはバカなんだから。熱中症で、倒れたのに。
「だから、無理しちゃダメだって。今日はもう帰ろう」
「いやでも、大会も近いし……」
「ダメなものは、ダメ」
少し強い口調で言うと、陽くんは納得したフリをした。そう、あくまで「フリ」だけ。
ぼくには分かる。だって陽くんの顔には、「不服です」ってでかでかと書いてあるから。
「じゃあ、こうしよう。そのスポーツドリンクのお礼分、ぼくに何か奢ってよ。ね?」
こういうの、お金にがめついと思われそうだから、極力言いたくなかったんだけど。サッカーバカの陽くんを止めるには、こういう手しか残ってない。
「う……、わ、分かったよ……」
やっぱり、陽くんは可愛いな。
心の中で、ぼくは思った。
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