Singularity of the star

苔モグラ

Singularity of the star


 私はおよそ人間というものが嫌いである。

 常に感情に揺さぶられ、論理があったとしてもどこか独善的。そんな個人であり、集団が苦手だ。

 特に、この国は昔から顕著かも知れない。

 超越する異人よりも包括的な天才が崇拝される。

 そんなものを横目にしていれば、こんな歪な町並みを作ってしまうのも納得がいく。


「こんなのが原風景だなんて言ったら古き良き古人はなんていうかしらね」


 白い息とともに、鬱屈とした気持ちを晴らす。

 

 木枯らしが制服のスカートをもてあそぶ。寒くはないが、どうにも落ち着かない。高校生ベンチャーが作った防寒対策タイツはすごぶる重宝しているが、それだったら冬ぐらい全国のスカート着用を撤廃するぐらいしてほしかったところだ。

 それとも、まだ学生スカートはおしゃれのジャンルとして確立されているのだろうか。


「——っ」


 ここが山の中腹だと言うことも悪い。

 山から来る吹きおろしの風がこの時期は多いのだ。日本家屋を取り囲むようにして生えている竹林もバサバサと音を立てて揺れている。

 時代に取り残されたことを嘆いているようにも聞こえるのは気のせいだ。


「おそーい」


「あ、ごめんごめん。結構待った?」


 桐でできた裏門の所に戸隠とがくしゆいりが両手をわきわきさせながら立っていた。


「13分54秒の遅刻」


 クモみたいな動かし方をさせていた手を止めると、にかっと笑う。

 その笑みがどこか不気味だ。


「延滞料を払ってもらわなきゃなぁ」


「はいはい、今日はどの教科?」


「すぅーがくでよろー」


 目配せして、ノートを渡す。

 また戸隠が手をわきわきさせ始めるのを横目に、裏門にカギをかける。こういう所がやけに時代遅れなのは、行政がもう手を回す気がないのだろう。


「それ、もう死語よ」


「えーでもまだ使う子だっているしー」


「言語の進化ってのはある意味日進月歩でよかったかもしれないわね」


 二人して車道に出て、山を下り始める。

 手入れのされていない雑木が続くがそこはご愛敬あいきょう。巨木が車道に倒れていて立ち往生なんてことになってないからまだマシだ。

 なんの面白味もない山道が続く。

 ひび割れたアスファルトの上をローファーで叩く。


「お」


 降り始めて、数十分。

 やっと人類のいしずえが見え始める。


「……ほんと、こんなのがね」


「ん、なんか言った?」


「なんでも」


 眼上の町並み。

 山間部に位置する平地に立てあげられたハイパービル。

 その周りを取り囲むようにして一段低いビル。もう一段低いビルと続く。

 『機械仕掛けの山々が連なっている』と昔の俳句読みだったか誰かが称したことがあるらしい。

 窓はガラス張りではあるが中の様子が見えない構造になっており、太陽の反射もおこらない仕組みだ。そういった配慮のあるモノづくりの情熱だけはつくづく感心する。


「そーいやこんど改築工事するらしいよ」


「——へぇ」


 切り出された話題に関心があるようなフリをする。

 正直、改築工事なぞに心は一ミリも動いていない。頭はそれよりもどうやってこの話題を切り抜けるかのほうに思考を割いている。


「ほら、若い知事に変わったじゃん。若き力で今こそ盛り上げよう的な? 若き力とか言ってもうなのにね」


「まぁ、言うだけはタダよ」


「タダより怖いものはないってひいおばあちゃんも言ってたしなーこわこわ」


 怖がってるフリをしてケラケラと笑う戸隠は、暗い話題の割に楽しそうだ。今も昔も、モノマネは人の心を愉快にさせるものらしい。

 そんなことをしていると最下層へと辿り着く。

 アスファルトがレンガ色のタイル畳へと切り替わる。


「でもほんとやれやれって感じじゃない? わざわざ山越えて通学してるんだからさ。交通パスぐらい支給してくれっての」


「あんたはほんとそればっかね。軽い運動だと思えば楽なもんじゃない?」


 一呼吸置いて、戸隠は目を見開いた。


「軽い運動なわけないでしょっ!? なにバカなこといってんのッ!!」


「……耳元で叫ばないで。鼓膜が破れそう」


 すっと身を引いた戸隠はハァと深いため息を吐いて、じろりと白い目を向ける。なんだか迫害されている気分だ。


「通勤通学に一時間もかかってないのよ? 昔に比べればマシってもんじゃない?」


「わかってない。ほんとわかってない……通勤。通学。その言葉の響きがイヤ。なんでわざわざ歩いて学校に行かないといけないわけ? そこが問題よ」


「お嬢様じゃないんだから……」


 そこまで言いかけて、戸隠の言い分もある意味正しいのかもしれないと思う。

 決して、目の前で般若になりかけている戸隠がいたからではない。決してだ。


「ま、いいわよ。イマがズレてるのはいつものことだし」


「——それ、イマってのほんとに止めない?」


「なにがよ」


 口答えするなという意思がある四文字だった。


「名前に一文字も『イマ』が入ってないのに呼ばれるのはなんか気持ち悪いんだけど」


「イマの『イマ』はイマのイマだからいいっての……あれ、イマって何回言ったっけ」


 バカなのか頭がいいのかわからない子である。

 ある種、思い切りのいい人間なのだろうが。

 そんなこんなでタイル畳の舗装も終わりを告げる。切り替わるのはちょっとだけ歩行者通路が横に長い車道だ。

 色とりどりの車体が黒塗りの車道をスケート選手が滑るようにして走っていく。ちょっと静かすぎて気持ち悪い。


「あーあ、現代も捨てたものねー」


「そこは『現代も捨てたもんじゃない』でしょ? ポジティブな言い回しを悲観的に置き換えて造語を作るのは最近の流行りかしら」


「そんな呆れなさんなって。だって、イマもそう思ってるんでしょ?」


 ぎくりとする。

 そして、やってしまったと後悔した。

 寒空の中、汗が噴き出てくる不快な感じがする。これはあれだ。全校生徒の前でスピーチをしなくてはいけなくなったときの緊張度合いに似たものだ。

 戸隠はなにやら物知り的な顔つきになっているが、こっちはそれどころではない。

 固まってしまっているのが、なお悪い。

 自分がどんな顔をしているのか、知りたくもなかった。


「ま、いいけどね。個人の主張は自由だし、そうじゃなきゃルソーも報われない」


「るそー?」


「……数学はできるけど、社会は苦手なのね」


 なんだか含むのある言い方だった。

 端的に言えば、バカにされている気がする。というか、向けられている目がそうだった。

 そんなこんなで通学の日常は大したことなんてなく、過ぎ去る日々の中で一コマでも輝き残ればいいぐらいで、今も昔も変わらないつまらなさを帯びた原石だった。


 /


 未来はステキだと思わない。

 車的な乗り物が空を飛び、人とロボットが交わい、想像も絶するような富が生産される。

 そんな情景を想起しないわけはない。

 けれど、そこに求めるものはきっとこの二つだ。

 朗らかな日差しと穏やかなそよ風。

 それは現代にもある。

 時代を生きる人は気づいていないだけだ。


「与えられたものに違和感を覚えなきゃ始まらないってことかしら」


 さりとて、筆は進まない。

 違和感を感じるには、題材が質素すぎる。リンゴと花瓶なぞ時代がかりも甚だしい。

『全ての芸術は基礎から始まるのです』とのたまっていた芸術教員はデッサンを言いつけて、ふらりとどこかへ行ってしまっていた。


「なにーピカソでも目指そうっての?」


 釘のように鋭く尖った鉛筆をシャッシャッと軽快に走らせながら、戸隠が口角を上げた。

 ピカソの芸術を『違和感』と捉えたのであれば、世界の立方体派キュビスムたちから怒られてほしいところである。


「無駄口」


「せんせーいないからいいよ。他の子もコソコソ喋ってるし」


 少し離れたところでクスクスと笑い声が上がった。しかして、席を立っている者もいる。


「……忍耐力がない」


「現代病でしょ」


 黒鉛えんぴつ白紙キャンバスが細やかに擦れ合う。

 静かな交響曲というにはあまりに色がないだろうか。


「現代病ね、どうにもしっくりこない言葉だけど」


「というと?」


「現代病なんて時間が経てば気にならなくなるもの。所詮しょせんは一過性の風邪と同じよ。それがただの事象なのか思想なのか、違いはそれぐらいじゃない?」


「ん? んんん?」


 話を難しくしすぎたか。


「要は、気にする必要なんてないってこと」


 気にしなさすぎは猛毒だが、気にしすぎもまた毒だ。

 頭がショート中の戸隠は凶器を振りかぶっているような姿で鉛筆を掲げ、固まっている。

 つくづく、うつけものかわからない子である。


「……バカやってないで手を進めたら? もうすぐチャイム鳴るわよ」


「はわん?」


 なんて間抜けな声を出すのだ。

 こんなのが同級生だと思いたくない。

 よもや進化ではなく退化しているのではなかろうか。


「ああ、そうだ」


 ようやく現実に戻ってきた戸隠がラムネの蓋を開けるような軽快さで話題を切り替えた。


「イマは隣の転校生のことなにか知ってる?」


 もやりと心にさざなみが立つ。

 転校生。平穏無事な今をことごとく崩しさっていきそうなその異常な言葉に身の危険さえ感じる。


「……知らないけど」


「そっかー噂は噂なのかなぁ」


 続いて戸隠が口走った言葉に引き寄せられる。

 噂。

 嫌な予測をする。

 例えば、そう、こんなふうに。


「いやぁね、隣のクラスにきた転校生が夜な夜な目撃されてるって噂」


 ぴたりと鉛筆を止めてしまった。

 わざわざ波風を立てないように意識して手を動かしていたというのに、これでは意味がない。

 チラリと目線を横に向けると、にやにやした戸隠がいた。そういえば、この子はこの手の話を好き好んでいたか。


「へぇ、なにか知ってるんだ」


 断定とは末恐ろしい。

 すでに決めつけていらっしゃる。


「なにも知らないわよ。ただ、その子が毎晩なにしてるんだろうなって思っただけ」


「ふーん。ま、私もそれが聞きたかったから、いいけどね」


 めざとい。

 これでは放課後に尾行されるまでありそうだ。


「あーあ、うちのクラスに来てくれればなー色々話も聞けたのにー」


「……その子、ある意味救われたわね」


 その呟きはチャイムでかき消された。

 クラス内の雰囲気が一気に弛緩し、片付けを開始する。

 火に油を注ぐような形にならなくて、ほっとしたのはここだけの秘密である。


 /


 過去を振り返ることを良しとはしない。

 振り返ることでしか思い出せないのであれば、それはまやかしだ。

 それか、さして重要なことではないのだろう。

 現在には必要のない重さになる。

 囚われていては、飛べる空も飛べはしない。


「ほんと過去なんて大したことないのに」


 耳元でピロンと軽快な音がする。

 戸隠の姿は教室内にない。気がつけば、『活動してくー』というメッセージが入っていた。

 たしかあんななりで手芸部だったかと細やかな記憶の糸を辿る。


「……幸先がいいのか悪いのか」


 正直、都合はいい。

 放課後になって、話題に上がっていた転校生を探しに行こうなどと戸隠が誘ってきたら、今後の予定が全て銀河の果てに吹っ飛んでいたところだ。

 軽くため息を吐いて、まだ騒ついている教室から下駄箱を目指す。


「おや、君一人かい?」


 下駄箱手前でヨレたスーツ姿の教員が立っていた。いや、これは待ち伏せというのが正しいだろうか。


「戸隠先生、またですか」


「いやー君をダシに使う気はないんだけど、現状こうするぐらいしか方法がなくてね」


 やるせなさそうに笑う姿は妹のほうとどこか似ている。


「それで、ゆいりは?」


「『部活』だそうですよ」


「……またかぁ」


 深いため息を吐いて、軽く髪の毛をかきむしった。20代だというのに30歳後半ぐらいの老化を感じさせる仕草だ。

 何度も見たことある戸隠教諭の姿でなんとなく察しがついた。


「またですね」


「そう、またなんだ。ゆいりの奴、数学の補講をサボタージュするつもりだよ」


 戸隠は実の兄が数学教師であるにも関わらず、数学が大の苦手である。そこはむしろ、兄が数学教師だからこそなのかもしれないが。

 ともあれ、『部活動』に逃げるというのが戸隠のいつものやり口であった。


「……どうにかならないかなぁほんとに」


 そして、社会人として真っ当に働いている戸隠教諭のドデカい悩みの種となっている。

 かといって、教諭が本当に悩んでいるのかわからないような顔で言うのだから、反応に困ってしまう。


「あぁ、ごめんね。君に相談してもどうしようもないことだ」


「いえ、私も首根っこ捕まえておくべきでした」


 毎回、このようなやり取りをしているとなんだかマンネリ化を感じてくる。なんというか気分が悪い。

 では、と軽く会釈をして、戸隠教諭はきびすを返す。

 この兄も兄で、私を一番の頼り処にしている考えなさが、妹である戸隠ゆいりに邪険にされている理由だろう。ほとほと呆れ果てる兄妹である。


 邪魔者イレギュラーはあったが、ようやく学校外へと出る。

 わざわざ遠方から登校してくる学徒が多い我が学校は、その距離の離れ具合のせいか部活動への熱量が高めだ。

 戸隠のようなおサボり学生も見受けられるが、ああいう輩もだいたいは都市近郊で夜まで過ごす。

 誰も好き好んで地獄のような山道を自由になった途端に帰りたくはあるまい。


「——さて」


 私も御多分ごたぶんに洩れず、というわけではない。

 山道とは反対側。

 都市の中心へと足を進める。

 学生が惑わされないようにお遊び的な施設やブラックな雰囲気が漂う裏道は学校周辺にはない。

 そういう条例とか規則とか、人間が作り上げた無秩序な倫理観くだらないもの所為おかげである。


「そのせいでわざわざ運動しないといけないってのはいただけないけど」


 まぁ、体型を維持できているのはそれこそ本当に日課のおかげかも知れないが。

 ショーケースに彩られた洋服。香ばしい匂いをまき散らす露店。可愛らしいもの便利なものを取り揃えている雑貨屋。数名のファンに囲まれた無名のギタリスト。無秩序に見える改札。

 それらを流し見て、カツンとそこに足を踏み入れる。


 変わらない風景にちじょう

 私の原風景。


 きれいごとはなく。

 いろどりもなく。

 おとさえない。


 眼が慣れるのを待ってから、奥へと進んでいく。今日は一段と警戒しなければならない。排気口から漏れ出した水たまりを踏む。不気味なまでに静かなのはいつも通りだと信じたい。十字路を左に曲がる。普段ならいる人間がいないのはどういうことだろうか。空を見上げても雲の切れ端しか見えない。長居をするのはマズいかもしれない。やはり事態は起こり終わっていて、だからこそこんな状況になっているのか。十字路を右に曲がる。それにしても状況が掴めない。再度、水たまりを踏む。情報が無さすぎる。しかし、それも悪いことではない。


「——だとすれば」


 痕跡はある。

 道は辿れる。

 だが、それを辿った所で私になんの利があるのだっ?


 キリリッ、と糸が軋む音がした。

 ここには音なぞない。であれば、それは——


「そゆ、ことッ!!」


 未だ肉体に捉われている人間の動体視力では追いつくことのできない連撃。絡みつく数多の糸に蹂躙される。肉と肉の間に食い込む細糸。両手両足がまとめ上げられ、ミイラのように宙へと吊るされた。


「……これ、ピアノ線に似たようなモノみたいだけど、あなたたちの時代では普通なのかしら?」


 さらに糸が皮膚を切り裂いた。

 黙ってろ、ということだろう。なんとも身勝手な話である。


 と。


「あ、あああ……」


 声のする方に目線を向けると、同じ制服姿の女子学生がいた。

 ああ、魔の悪い。面倒ことがまた増えた。

 キリリッ、と。

 また、この場所ではありえない音がした。


「——」


 無数の糸が女子学生を取り囲んだ。

 このまま見過ごすのは、面倒くさくなくてちょうどいい。

 けれど。


「私、血が苦手なのよね」


 /


 起こってしまったことを取り消すことはできない。

 それは誰しもの教訓として心に刻まれている二千年と少しの事実である。

 もし取り消そうものなら、それは過去への冒涜ぼうとくであるし、未来への邪推になってしまう。

 それでも取り消したいと願うなら。

 ある時代の気だるそうな魔法少女に聞いてみるといい。

 きっとこう一蹴してくれる。


「くだらな」


 と。


 /


 それは暴発であった。


「——っ」


 その場にいる全員が息を呑む。だれもかれも生死に関わるのだから。

 特にその暴発を引き起こした私の心情は最悪である。

 だが、隙は作れた。

 絡みついたダイヤモンドのような強度の糸を引きちぎり、地面へと舞い戻る。


「っんと」


「……『なんだ、なんだそれは』」


 糸を伝播して声が聞こえてくる。


「へぇ、そういう使い方もできるんだ。というか、ほんとはそっちの方が正しい使い方だったりして」


「『質問に答えろッ!!』」


 怒声を浴びせられる。動揺はない。それよりも何度も大きな音を出され続けるとが出てくるのでやめてほしい所だ。


「そんなに変かしら」


「『変も何も——』」


 糸から動揺の色が見えた。


「『なんだその右腕はッッ!!?』」


 右腕。

 制服の肩から先はすでに破れており、生身の色白の腕が露わになっている。なんの変哲もないただの腕だ。

 

 

「『なぜ傷一つついていないッ!? こいつには肉を切断するほどの強度があるはずだ。それなのに無傷でいられるわけがッ』」


「……まぁ、そうなるわよね」


 彼らにとってもこの『右腕』は特別製だろう。

 理由は、至極しごく簡単だ。

 この『右腕』は、失われた古代技術ロストマジックなのだから。


「未来からの来訪者様には相当価値のあるモノに見えたかしら?」


「『貴様ッ!? どこまで知ってッ』」


「まずもってこんな陰気な場所にただの女学生がいるわけないでしょ。未来でどんな話を聞いていたかしらないけど、過去と未来のなんて、そんなものよ」


 圧倒的強者を前にして優位性を保っているこの状況は少したのしい。こういうのが強者の余裕というやつだろうか。

 つまらなそうにしていると、怒りの声が糸を通して伝わってきた。


「『その差分こそが我々が恋い焦がれるモノだ。のうのうとこの現代に生きている貴様にはわかるまい。この現代が全ての特異点だということをッ』」


「ほんと、なんでかしらね」


 白を切る。

 理由はわかっている。


「私からしたらやめてほしいことこの上ないんだけど、そういう星の下に生まれたんだって諦めてるわ。あなたもそうしてみたら? 案外、今の状況よりも楽になるかも」


「『諦めるっ? 諦めるだとッ!? ふざけんなッッ!! 我々がどうしてこうなったと思っているっ。この瞬間に生きている人間たちの怠慢のせいだッッ!!!! 貴様らが進歩も反省もしなかったから我々はこうなった。それを理解しろッ!!』」


「未来からのご高説こうせつどーも。けどそれ、特大ブーメランになるから」


「『』」


「だから、私は現代いまを——この瞬間イマを精一杯生きることにするわ」


 言いたいことは全部言った。

 わざわざ未来から来て、ご高説こうせつまで垂れてくれたのだ。少しばかりコレについて話してもいいだろう。


「——『星の羅列式』。『星団の追い求めし大鍵』」


「『っ?!?」


「いままでを内包し、これからを夢想する唯一無二の術式。誰でも扱えるけれど、誰にも扱えない逆説パラドックス


 腰下まで伸びている右腕が静かに発光し始める。

 糸が激しく揺れる。逃げる算段でもつけている所か。

 だが、もう遅い。

 動き始めたコレは止まる術を持たない。


 発光が増す。

 まぶしすぎて目を閉じたいぐらいだ。しかし、私がコレを好き勝手にさせれば、この町どころか太陽系の先まで滅亡する。

 だらりと下げていた右腕が持ち上がる。

 私の意思とは関係ない。コレはそういうもの。向かう先はきっと糸の持ち主だ。


 少し息を吐く。

 指先に光が収束する。


「あなたは過去コレを背負う覚悟がある?」


 音の無い閃光が走った。

 それは黒き海を駆け、宇宙の彼方から飛来するほうき星のようだった。


「——ぁ」


 腕の先から返事がない代わりに、すぐ背後で洩れてはいけないはずの声が洩れた。

 そういえば、こっちの問題も残っていたと脱力する。


「というか、しまった。あの糸、いつの時代どこからきたのか聞くの忘れてた……まぁ、いいか。どうせまた来るでしょ」


 こっちの問題はこっちでどうにかするとして、問題は後ろの女子学生だ。

 同じ学校であること。

 今の出来事を見られたこと。

 口封じできるわけがないこと。

 考えうる最悪な条件である。頭が痛い。どうしてこうなる。


 だが、さらに最悪なケースを考えるべきだった。

 運命とはもっと数奇なことを言う。


「すぅ、すごいすごいですぅっ!! 耳が割れそうな音がしたと思ったら、光がばぁぁぁあっと駆け巡って、な、な、なにしたんですかッ!?」


「え、う、あ?」


「この町に越して来てどんなドキドキワクワクが待ってるのか楽しみにしてたんですけど、こんな展開が待ってるなんてっ!! 感激ですッッ!!」


 いつの間にか近づいていた少女が、間髪かんぱつ入れずに手を握ってくる。

 どこぞのギャグマンガみたいに手をブンブン振り回したかと思うと、両目をキラキラさせて羨望せんぼうの眼差しを向けてきた。

 生まれ出る場所を間違えていやしないだろうか。


「——ちょ、ちょっと」


「あ、すみません。自己紹介が遅れました」


 いや、そうではないと言おうとしたが、えりを正した彼女はこう宣誓した。


星野望海ほしののぞみですっ!! 今の出来事、色々教えてくださいッ!!」


「……………」


 驚きも呆れも通り越して絶望していた。

 もう色んな意味で。


 差し出された右手にちらりと目線を向ける。

 目の前の少女を警戒している自分がいる。この状況でそれは正しい反応だ。だが、律義に名乗られて、キラキラした目を向けられて、素っ気ない態度を取ることがこのときの私には、できなかった。


桃山聖歌ももやませいか——」


 右手を握り返す。


「——星降ほしくだりの魔法使いよ」


 まぁ、こんな感じで。

 未来の来訪者から現代いまを守るためのどうしようもない私たちの物語は月の満ち欠けのようにゆっくりと動き出した。

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