冬の浜辺にて
大隅 スミヲ
冬の浜辺にて
波が荒かった。
時おり、大きな波が来て防波堤を超えているのが見える。
時刻は、朝6時。
犬の散歩と自分の健康のためにはじめたウォーキングは、徐々に距離が伸びていき、少し離れたところにある海岸まで足を伸ばすようになっていた。
冬の日の出は遅く、6時でようやく水平線の向こう側に太陽の頭が見えはじめる。
チャッピーと名付けた老犬は今年で8歳になるゴールデン・レトリーバーだ。
チャッピーと一緒に海岸まで行き、少しだけ砂浜で遊んでから帰る。それが日課だった。
今日もいつもと同じように砂浜に降りると、バッグから野球の軟式ボールを取り出して遠くへ投げてやった。チャッピーはものすごい勢いでボールを追いかけて走っていく。
それを何回か繰り返すと、チャッピーが喉の渇きを訴えるかのように舌を出しながら、トコトコと戻ってくる。
ペットボトルに入れた飲料水をチャッピーに与え、自分も水筒に入れたホットコーヒーをひと口飲む。
東の空には朝焼けがあり、朱色の空はどこか神秘的に思えた。
砂浜にはチャッピーと自分しかいなかったため、リードは外していた。
元々チャッピーはおとなしい犬であり、人が来たとしても襲い掛かったりはしないことはわかっている。
しかし、犬嫌いな人からしてみれば、放し飼いの犬など恐ろしい存在でしかないだろう。そのことは重々承知であるため、誰もいない時のみリードを外すようにしていた。
水を飲み終えたチャッピーは、どこかへ走って行ってしまった。
朝焼けを見ながら、海辺でコーヒーを飲む。
こんな贅沢をひとり占め出来るなんて素晴らしいことだった。
しばらくして、チャッピーが戻ってきた。
よく見るとボールではない何かを咥えている。
「どうした、チャッピー」
声を掛けながら、チャッピーが咥えているものに目を向ける。
それは長細い瓶のようなものだった。
「なんだそれ。どこで拾って来たんだ、チャッピー」
そういってチャッピーが咥えている長細い瓶を受け取る。
それはガラス製の瓶だった。ガラスは曇っているため、中に何が入っているのかよくわからない。封はしっかりとしてあり、中に砂や水が入っているということはなさそうだった。
ちょっとした好奇心だった。
瓶の上部を封してあった蓋を外して、中を覗いてみる。
「うわぁ!」
思わず声を上げてしまった。
チャッピーが何事かといった感じでこちらを振り返る。
中に入っていたのは大量の蝉の死体と一枚の紙だった。
その紙には、お世辞にもキレイとは言えない文字でこう書かれていた。
なつのおぼいで。
きっと『夏の思い出』と書いたつもりなのだろう。字の感じからして、小学校低学年の男子が書いたと推測できた。
この瓶の中身は、彼にとっては、夏の大事な思い出だったのかもしれない。
しかし、冬になってこの瓶を拾ってしまった私からすると、トラウマ級の思い出となったということは言うまでもない。
冬の浜辺にて 大隅 スミヲ @smee
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