空洞のような君を、愛してしまったから
汐海有真(白木犀)
空洞のような君を、愛してしまったから
「……え、
私の問いかけに、瀬戸
「だってさ、めんどくさくなっちゃって。あいつ、俺が他の女子と話すの嫌だって言うんだもん。束縛とかされるの、だるいんだよねー」
瀬戸は間伸びした口調でそう言って、また缶コーヒーに口を付ける。彼の首にくっきりと浮かんだ喉仏が揺れて、自分の身体が確かな熱を帯びたのがわかった。
自分では制御することのできないその温度が、嫌いだった。瀬戸が元恋人のことを悪く言うとき、心の奥深くでは暗い喜びを覚えてしまう自分も、嫌いだった。
「……相手の女の子はさ、瀬戸のこと、すごく好きだったんじゃない?」
「うーん、まあ、そうかもね? でもさあ、あんま俺に入れ込み過ぎない方がいいと思うんだよねー。どう考えてもろくな男じゃあないよ、俺。恋愛なんてお遊び程度にしか思ってないしね」
瀬戸はどこか投げやりな感じで言う。あなたが良い人ではないことなんて、とっくにわかっている。わかっていて恋心を消し去ってしまえるのならば、どれほど楽だろうか――私は自分の手のひらに、ぎゅっと爪を食い込ませた。
外見が恐ろしく優れている彼には、よく恋人ができる。そして短い期間の恋愛関係を経て、別れる。席替えで席が近くなり瀬戸と親しくなってから、そういう話をよく聞かされてきたから、知っている。あるときふと胸が痛くなって、そうして私はようやく、自分の気持ちに気付くことになった。
「あなたはそもそも、誰かのことを本気で好きになったりするの……?」
私は震えてしまいそうになる声で、そうやって尋ねた。
瀬戸はきょとんとした顔をしてから、「何だよ、急にー」と笑った。
そんな風に笑いかけないでほしい。期待してしまうから。あなたが私のことを恋愛的な意味で好きではないことなんて、しっかりと理解しているはずなのに、脳が勝手にそういうことを考えてしまうから。
「本気で、か。……そもそも俺ってさ、空っぽなんだよね」
「空っぽ?」
言葉をただ繰り返した私に、瀬戸は「そうそう」と笑ってから、窓の方を見つめる。
「あんまり感情が動かないんだよ、何に対してもね。昔は結構、喜怒哀楽とかをしっかり感じる方だったと思うんだけど。
……今はもうどこにいるかさえ知らない父さんが、気に入らないことがあると暴力を振るう人だったんだよね。殴られると悲しいじゃん? でもある日殴られてたとき、悲しさとか全部がどうでもよくなって、大事な糸がプツンって切れたみたいな心地がしたんだ。そっから、ずっとこんな感じ」
瀬戸の横顔は、どこか物憂げだった。彼の過去の話を聞くのは初めてで、抱えていたものの重さに私は
「……そんな親っ、ひどいよ! 瀬戸に暴力を振るうなんて、そんなの、許せないよ……」
私の言葉を、瀬戸は無表情のまま聞いてから、いつものように笑った。それが貼り付けたような笑顔なのだと、今になってようやくわかった。
「
瀬戸はそう言って、微笑んだ。その微笑にはほのかな哀切が混ざり合っている気がして、もしかするとそれは、瀬戸が失くした感情の残骸なのかもしれなかった。
もう、我慢できそうになかった。私は少しだけ、瀬戸に近付いた。不思議そうに首を傾げた彼の左手に、自分の右手をそっと触れ合わせた。彼はぼんやりとした様子で、私のことを見つめていた。
「瀬戸は、私と付き合ったり、しないの……?」
言い終えて、何だよそれ、と自嘲する。好きと言う勇気がないから、直接的な言葉を避けてしまう自分がいる。臆病だと思った。
瀬戸は私からすっと手を離して、柔らかく笑った。
「うん、しない」
「……何で。あなたは今まで、色んな人と、付き合ってきたじゃない」
「そうだね。……でも、綿谷のことは、大事なんだよ。俺にはない大切なものを、しっかりと持ってるから。だからお前のことは、絶対に傷付けたくないんだよ。お遊びにしたくないんだよ……」
瀬戸はそれだけ言って、学生鞄を肩にかけた。いつものように笑いながら、「それじゃ、またね。気を付けて帰んなよー」と言う。そうして、教室を出て行った。
私は一人だけの教室でぼんやりと佇みながら、「……何だよ、それ」と呟いた。
――あなたは確かに、空っぽなのかもしれない。
でも、そんなあなたの空洞に、手を繋いで、抱きしめて、キスをして――そうやって、私の愛を投げ入れてみたかった。
それはすぐに
……それでも、よかったよ。
空洞のような君を、愛してしまったから 汐海有真(白木犀) @tea_olive
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