第五楽章
「いけない。十二時の鐘だわ」
シンデレラは伸ばした手を引っ込め、回れ右をすると城の出口に向かってダッシュする。
「待ってくれ、エラ嬢! せめて本当のお名前を!」
「ごめんなさい!」
シンデレラは、戦勝を伝えるために四二・一九五キロを走った国軍最速の伝令兵のごとき見事なストライドで廊下を走り抜ける。だが王子もさるもの、シンデレラに引き離されることなく追いかける。軍を束ねるというのは全ての兵を上回る戦闘力を持っているということなのか。
(このままでは追いつかれてしまう。そうだ!)
シンデレラは黄金の靴を脱ぎ捨てると、ヒールによって封印されていた真の力を解放する。
「ああ、待っ……」
王子が呼び止めたときには時既に遅し。シンデレラは獅子の咆吼のような風切り音と進行方向に傘のような雲を発生させながら城を去って行ったのだった。
そこに残されたのは、一足の黄金の靴。
王子は靴を拾い上げ、天に誓う。
「……この靴がぴったり合う女性と結婚する」
十二時の鐘が鳴り終わると、美しいドレスや仮面は夜闇の中に消え、もとの丈夫だけが取り柄の粗末な服に戻ってしまった。
ぶとうかいの後、シンデレラは大怪我をした二人の義姉と、色気を出して
そこに城からの馬車が到着する。兵に守られて、大臣がやってきた。
「この黄金の靴に合う女性を探している」
「いまちょっと家人は寝込んでおりまして」
ぶとうかいでいい汗を流し、満足していたシンデレラはお引き取り願おうと思っていたが、大臣はなかなか引き下がらない。
「あなたも年頃の女性ではありませんか」
シンデレラは仕方なく、スツールに腰掛け、足を差し出す。
兵が恭しく運び入れた黄金の靴を履かせる。
「なんと、ぴったりではないか!」
その声を聞きつけた王子が、屋敷へ入ってきた。
「なんと! あのときの美しき貴婦人はあなたでしたか! 探しました!」
王子は体勢を低くし、拳を構える。
踊りは避けられないと悟ったシンデレラも同じく構えた。
兵と大臣が固唾を飲む。
吸って――
吐いて――
二人の呼吸が揃った瞬間、王子が踏み出した。
「呼吸の旋律すら美しい!」
王子の突きは王者の絢爛さを見せつつも、弩砲のごとき速度でシンデレラに打ち込まれる。
「私を探してくださるなんて夢のよう!」
シンデレラがうっとりとした表情で拳を繰り出す。正確無比に繰り出す拳はまるで電光のように王子のパンチを迎撃する。
「粗末な身なりをしていてもわかります。あなたはあのときの美しい貴婦人エラ・シンドレッティ! どうか結婚してください!」
「はい! 喜んで!」
シンデレラとおうじさまは、せいだいなけっこんしきをあげました。
ちからづよいおうじさまと、ちからづよいシンデレラがおさめるくには、たいそうさかえ、へいわになりました。
ふたりはすえながくしあわせにくらしましたとさ。
シンデレラはおしろのぶとうかいでてっぺんをめざすことになりました 近藤銀竹 @-459fahrenheit
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