第四楽章
仮面を付けた壇上の王子が、ゆっくりと手を叩きながら立ち上がった。
「素晴らしい動きだ。是非とも踊りたい」
ホールへ下りようとする王子。しかし、それを遮る二人の貴婦人が。
「お待ちください! 最初に踊るのは、
「お、おお、そうか」
微笑む王子。しかし、彼の興味はすでに華麗な戦いを見せたシンデレラに注がれていた。
「ならば、早めに終わらせよう。二人で掛かってきてよいぞ」
「はい! それはもう!」
イエローグリーンのドレスの貴婦人と、アザレアピンクのドレスの貴婦人が、上りかけた階段の途中からホールへと下りてくる。
固唾をのむ貴族たち。
二人の貴婦人は、シンデレラを見下ろすために、わざと数段高いところで立ち止まった。
「私はシロコップ。『一番乗りのシロコップ』だ、命知らずのお嬢さん」
「私はマイク・ルード。そこの道化によると『野獣』らしい」
「エラでいいわ」
答えつつ、シンデレラは慎重に間合いを測る。
二人の貴婦人は口元にニヤニヤと笑みを浮かべている。自信の表れか、それとも――
「始め!」
道化の叫びと共に、二人の貴婦人が飛び掛かってくる。
「ふんふんふんふん!」
シロコップの連続ミドルキック。牽制というより、一発一発に必殺の重みを持たせている。それでいて的が毎回変わる、面倒な攻撃。
シンデレラは一気に数メートルも後退を余儀なくされた。
(いちいち別な場所を防御させてくる忙しさ。まるで……)
「きえぇぇぇ!」
横からマイクが打ち下ろすようなパンチを放ってくる。ぶとうかい用の手袋を通して衝撃が伝わってくる。
(この技の重さ。鉛のよう……?)
全くの閃きだった。
シンデレラはカウンターを控え、相手の動きを観察する。その馴染んだ動きから、相手の正体を推測した。
「!」
(まさか、シロコップの正体はミルカ姉様。するとマイクの正体はベルナ姉様?)
「ほらほら! ぼうっとしてるんじゃないよ!」
シロコップの体重を乗せたローキック。
シンデレラは回避の延長で連続でバク転し、大きく間合いを取った。
派手なアクションに観客が沸く。
「そう……そういうこと」
ソンデレラの脳裏に、辛かった日々のことが次々と浮かんでいく。
口元に力が籠もる。奥歯がぎりっと鳴る。
(思う存分踊りましょう、姉様)
低く構えたシンデレラは、突出したシロコップに襲いかかった。
ロー、ミドル、ロー、ロー、時々フック……
ランダムな軌道で打ち出される攻撃は延々とシロコップに降り注ぎ、次第にシロコップのガードを崩していく。
「な……なに、こいつ。まるで毎日階段昇降運動で追い込まれていたかのようなスタミナ」
狼狽えるシロコップ。
シンデレラのラッシュは続く。
「なんてこと! 私も召使に仕事をさせず、階段昇降運動をしておけばよかった」
「っ!」
シンデレラの瞳に怒りの炎が灯る。ラッシュのスピードがさらに上昇し、シロコップを捉える拳と足が増えていく。
焦ったシロコップが大ぶりの攻撃を放つ。
「このぉ!」
「しゅっ!」
シンデレラはそれを見逃さず、的確にステップを踏んで回避すると、跳び気味に後ろ回し蹴りを放つ。足先はシロコップの首を打ち据えた。
「う……ぐ……」
堪らず膝をつくシロコップ。
「シロコップ!」
マイクが叫ぶ。
今のシンデレラには、その僅かな隙だけで十分だった。滑るようにマイクの間合いに飛び込むと掌底を打ち込む。右、左、そして抉り込むように右。
「お……重いッ! まるで日常生活の道具に鉛製品を取り入れているかのようだわ!」
壁際に追い詰められるマイク。
壁面に飾られた槍を反射的に掴み取り、シンデレラへと繰り出す。
「きえぇぇいッ!」
明らかに殺しに来ているマイク。穂先が暴風のように突き出され、石突きは執拗に下半身を払ってくる。
「手段は選ばないってことね」
シンデレラも壁まで退き、そこに展示してあった二振りの武器を取る。鍔に相手の武器を絡め取る二つの張り出しがある刺突剣、
「でででででやッ!」
襲いかかる槍の連続突き。リーチは相手の方が上だ。
(重い。だがスピードはミルカ姉様の方が上だ)
シンデレラは冷静に相手の攻撃を観察する。無数に見える突きも、元は一本の槍から繰り出されるものだ。
「ぬぅん」
壁際からなかなか抜け出せないシンデレラに、マイクが必殺の突きを放つ。体重と慣性力を乗せた破壊力抜群の攻撃。
だがシンデレラはそれを待っていた。
ぎりぎりのところで最小限の動きで回避する。
それを初動の遅れと認識し、勝利を確信したマイクの顔に驚愕の波が広がった。
槍先が壁に当たり、火花を散らす。
一瞬で丸腰にされたマイク。
熟練の踊り手であるマイクは一瞬の後には死んでいることを確信した。
死は訪れなかった。
シンデレラは攻撃の軌道を変え、すり抜けざまにマイクの後頭部を
「げはっ!」
マイクは意識を刈り取られ、床に倒れ伏した。
「勝者、エラ・シンドレッティ!」
ダンスホールに歓声が木霊した。
王子が階段を下りてくる。
「素晴らしいダンスでした。どうか僕と踊ってください」
王子は階段を下りながら、冠を取り、マントを取り、踊り用の手袋をはめる。マントの中の肉体は鍛え上げられ、その筋肉は一つ一つがまるで別の生き物のように、死力を尽くして踊ることのできそうな相手を見つけて打ち震えていた。
(素敵な王子様)
一つの生命体が生み出した肉の凶器。間近で見たシンデレラはその美しさに心を奪われた。
「ええ、喜んで。王子様」
シンデレラが手を出し出す。
そのとき――
城の大時計が十二時の鐘を鳴らし始めた。
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