第三楽章

(軽い! 身体が軽いわ!)


 走るシンデレラの両脇で、景色が後方にすっ飛んでいく。


 彼女はあっという間にお城へ辿り着いた。

 門番はシンデレラの姿を見るなり、彼女がきちんとドレスと仮面を身につけていたことは元より、その立ち振る舞いと、蜃気楼のように迸る気迫に圧倒され、ぶとうかいの参加者であることを確信した。


 前庭、そして馬車を横付けするロータリーを抜けると、いよいよ入り口だ。

 入り口には王城らしい見事な装飾の長机があり、年老いた文官と兵士がぶとうかいの受付をしていた。


「お名前は偽名でお願いします」


 文官は相手の地位などを特に確認するでもなく、事務的な声色で述べた。きっと数百の参加者に対してまるでオルゴールのように全く同じ手続きをしたに違いない。


(ここで雰囲気に飲まれてはだめ。堂々としなきゃ)


 シンデレラは思案すると、大きく息を吸う。


「エラ・シンドレッティ」


 文官は「はい」と無感情な返事を返すと、これまたからくり人形のように正確かつ感情の抜けた動作で奥を指し示した。


「ホールはこの奥でございます。まだ始まったばかりです。ごゆっくり」

「恐れ入ります」


 シンデレラは会釈すると奥に見えるホールに向かった。


 ホールに近づくほど、物音が徐々にはっきり聞こえてくる。オーケストラの演奏と、人々の喧噪だ。

 シンデレラはホールに一歩足を踏み入れる。

 直後シンデレラの身に影が迫る。

 ひらひらと贅沢に広がったローズピンクの絹。はためくと言うよりは風を切る。それは空中を飛んでおり、投石機のごとき速度でシンデレラの方へ接近しているが、明らかに――


 人だ!


「ふっ」


 認識できれば回避することは容易い。シンデレラは優雅に横へステップを踏む。桃色のドレスの貴婦人は、裾すら接触することなく、シンデレラの横を通り過ぎ、今し方通ってきた廊下を数回バウンドして入り口の方へ転がっていった。

 その優雅な身のこなしに、壁の花となっていた貴族や貴婦人が感嘆を漏らす。

 一呼吸置いて、極彩色の衣を纏った道化が慌てて駆け寄ってきた。


「新たな花嫁候補の到着です! エラ・シンドレッティ嬢!」


 おお、と会場がどよめく。

 改めて見渡せば、壁沿いに立っている貴族や貴婦人の他、ホールの中程にはたくさんの貴婦人が倒れ伏し、さながら花畑のような華やかさを見せていた。この貴婦人たちは、花嫁候補としてぶとうかいに挑戦し、敗れ去った者たちだろう。

 道化が再びシンデレラににじり寄る。


「して……遅れてきた貴婦人、エラ嬢は、どのような踊りをご披露なさいますので?」

「妖精……」

「妖精!」


 ホールのあちこちから失笑が漏れる。その多くは嘲りの念を含んでいた。


 壁から数輪の花がこぼれるように、四色のドレスを纏った四人の貴婦人がホールの中央に進み出てシンデレラを取り囲む。


「ふざけたお嬢様でいらっしゃいますこと」

「ぶとうかいの恐ろしさをお身体に叩き込んで差し上げないとねぇ」


 貴婦人たちは殺気立っている。

 シンデレラは拳を握り締めた。


「お喰らいなさい!」

 

 貴婦人が一斉に殴りかかってくる。

 単純な動きだ。

 山吹色のストレートを外に払ってアッパー気味の掌底。

 続いて紺青のトンファーをしゃがんで躱して鳩尾にエルボーを埋める。

 フクシャが放つハイキックの雨をいなしつつスライディングで軸足を払う。

 そして瞬殺に驚く銀色に飛び掛かると、無理矢理引き倒して一瞬で関節を極め、しばらく立ち上がれない状態に追い込んだ。


 シンデレラが立ち上がる。


「私の名前はエラ・シンドレッティ。スタイルは妖精近接戦闘術FCQB!」

 

 シンデレラのコバルトの瞳が、壇上の王子を見据えた。

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