第50話 仮装で☆ナイト(後編)

 フランソワの家は、想像していたとおり金持ちだった。プール付きの白亜の大豪邸に、広い庭。たくさんの使用人。

 フランソワは探偵に仮装しており、フランソワの父親はワインソムリエ、母親は女王の仮装をしている。

 仮装パーティーの出席者は百人を超えている。豪邸の中も外も仮装した人でいっぱい。

 迷子にならないように……とルーチェの側にいたのだけれど、ルーチェは食べ物を容器に詰めるので忙しく、わたしは飽きてしまった。

 プールサイドの椅子に座って月の映る水面を眺めていると、吸血鬼に声をかけられた。


「かわいらしい魔女のお嬢さん。おひとりですか? 僕とお話してみる気はありますか?」


 吸血鬼の仮装をした青年は、わたしの隣の椅子に座った。

 吸血鬼の話は、退屈だった。自分は名門大学の法学部の生徒で、父親はユガリノスグループの顧問弁護士。勉学の傍らモデルの仕事もしていると、得意げに話す。

 

「将来は父と同じ弁護士になるつもりではあるのだが、実は、天職に魔法使いもあってね。才能がありすぎて困っているんだ。だが、ひとつに絞ることはないと考えていてね。魔法使いの力を使った弁護士活動をしながら、モデルの仕事もする。将来は政治家になる考えだ。欲しいものはすべて手に入れたい主義でね」

「ふわぁー」

「今、あくびした? 僕の話に興味を示さない女を初めて見たんだけど。僕、魔法が使えるんだよ。すごくない?」

「別にすごくない」


 先生だって魔法を使えるし、ユガリノスグループの御曹司だし。そう言いたいのをぐっと堪える。先生が魔法使いであることは内緒だ。

 ルーチェのところに戻ろうとすると、吸血鬼に腕を掴まれた。吸血鬼の目が怪しく光る。


「女って選び放題だと思っていた。でも、君みたいな女もいるんだな。僕に選ばれたいと思っていないだろう?」

「うん。大好きな人がいるから」

「へぇ、好きな人ねぇ……。そういうのたまらなくいいな。奪いたくなる」


 吸血鬼は腕を伸ばし、わたしの頬にふれた。その途端、体が硬直して動かなくなった。

 吸血鬼はわたしの顔を覗き込むと、犬歯が出ている口でニヤリと笑った。

 

「僕の家に連れて行ってあげる。楽しいことをしよう」


 唇が動かない。体も動かない。心臓は動いているのに、体の感覚が麻痺してしまったようで指一本動かせない。


(どうしようどうしよう!! 先生、助けてっ!!)


 ドクンっ!!

 体に電気が走った。魔法の木の棒を持っている右手が勝手に動いて、空中に円を描く。唇が勝手に声を発する。


「私も魔法使いなんだ! くるるんぷいぷい。悪い吸血鬼め、プールに飛び込めっ!!」

「ひぁーーっ!!」


 吸血鬼の体が、勢いよく弧を描いてプールへと飛び込んだ。吸血鬼は慌てて立つと、ずぶ濡れの顔を拭った。プールの中から叫ぶ。


「なんなんだっ! 硬直魔法をかけたのに。まさか、僕の魔法を破った……?」


 わたしの体はどうしちゃったの⁉︎ 意志とはまったく違う動きをする。勝手に腕組みすると胸を逸らし、頭にも心にもない言葉を吸血鬼に投げつける。


「魔法使いにもレベルってものがあるのよね。あんたはへなちょこ魔法使い。その程度で私に選ばれると思っているわけ? 百億年早い。家に帰ってミルクでも飲んでろ。二度と私に関わるな。くるるんぷいぷい。家に帰れー!」


 魔法の杖がまたまた勝手に動いて、空中に円を描く。

 吸血鬼の青年は、見えない巨人の手に引っ張り上げられたかのようにプールから飛び出ると、叫び声とともに夜空を飛んでいった。

 あっという間の出来事だった。


「なにが起こったの……」


 ようやく自分の言葉で話せるようになった。体も勝手に動くことをしなくなった。

 フランソワの家に来る前に道端で拾った木の棒をジッと見る。

 

「まさかこの木の棒……本物の魔法の杖っ⁉︎」



 ◇◇◇



 十時。仮装の夜に最適な満月が、夜空に浮かんでいる。

 駅まで迎えに来てくれた先生に興奮して話す。


「あのねあのね! すごいのっ!! わたし、本物の魔法の杖を手に入れたんだよ!」


 先生は黙って聞いてくれた。


「でね、悪い吸血鬼は空を飛んでいって消えたんだ。ルーチェに話したら、夢を見たんじゃない? って信じてもらえなかったけれど、夢じゃない。わたしね、本物の魔女っ子になったんだよ!」

 

 先生の腕に絡みつく。反対の手で魔法の杖をくるくる振っていると、いいことを思いついた。


「そうだ! ミラクルミラクル、魔法の杖よ。くるるんぷいぷい。先生がわたしのことを好きだって言って、キスする魔法よ。かかれー!」

「…………」

「変だな、かからない。おかしいね。もう一回。くるるんぷいぷい。先生がわたしのことを好きだと言って、キスする魔法よ。かかれー!!」

「…………」

「なんで? これ、魔法の杖じゃないのかな? もしかしてあの魔法、先生がかけたの?」


 先生は盛大なため息をついた。


「私ではない……」

「じゃあなんで、魔法の杖を振っても魔法がかからないの? 呪文は合っているのに」

「……ノアナ」


 先生はわたしの顎をクイっと持ち上げると、端正な顔を近づけた。


「好きだ」


 強引に唇を塞がれる。

 荒っぽい動作。でも、好きだと紡いだ声音には甘さが溶けている。

 そのギャップに脳がクラクラする。

 先生はビターチョコレートみたい。ビターだけれど、甘い。


「はわわわわーっ! せ、先生っ、最高。もう一回!!」


 キスされたときに緩んだ手から落ちた、魔法の杖。満月の光に照らされた足元で、パキッと枝が折れる音がする。


「きゃあーっ!! 間違って踏んじゃったぁーーーっ!!」

「ハハッ! うっかり屋のノアナらしい」

「やだやだぁ。もう一回、好きって言ってキスしてもらいたい!」


 先生の背中に飛び乗って、耳に呪文を吹き込む。


「わたしは魔女っ子ノアナ。杖がなくても魔法をかけられるのだ。くるるんぷいぷい。先生がわたしのことを好きって言って、キスする魔法よ。かかれぇーーっ!!」

「ノアナ」

「うん!」

「帰ったら、今日返却した小テストの見直しをしなさい。三点取ったといっても、それはマルバツ問題。適当に書いて当たっただけだ。正しい答えを書いて、明日提出してくれ」

「ふみゃあ!」


 先生はわたしをおんぶしたまま、別荘へと歩いた。わたしは先生の背中で、「もっとキスしてよ。先生とキスするの大好き。キスしてキスして。え〜ん!」と泣き真似をしたのだった。


 

 その日の夜遅く。

 パーティーの興奮が抜けなくて、寝付けなかった。ゴロゴロと寝返りを打っていると、先生が寝室に入ってきた。慌てて目をつぶる。

 すると先生の手がブランケットを掴み、全身にかけてくれた。


「……好きだ。誰よりも、なによりも、ノアナが好きだ……」


 唇に、やさしいキスが降ってきた。

 先生が寝室を出て行ってから、飛び起きる。


「時間差で、キスする魔法がかかっちゃった!」


 でも本当は……あの木の棒は魔法の杖じゃないよね。先生が魔法を使って、悪い吸血鬼から守ってくれたんだよね。

 先生、ありがとう。大好き。

 先生は姫様わたしを守ってくれる、とびっきりに最高の騎士ナイトだ。




 ♬.*゚♬.*゚ஐ おしまい ஐ♬.*゚♬.*゚






 

 


 

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大嫌いな先生のお試し妻になったら、謎に甘い生活が待っていました 遊井そわ香 @mika25

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