第49話 仮装で☆ナイト(前編)
リクシア国には仮装の日がある。
三百年ほど昔。領土のお姫様を敵兵から守るために、農民たちがお姫様の格好をして本物のお姫様をわからないようにした。
それが仮装の日の由来。今ではお姫様の仮装だけでなく、どんな仮装をしてもいいことになっている。
授業終了のチャイムが鳴り終わらないうちに、わたしとルーチェは教室を飛び出した。向かうは更衣室。
「フランソワの家ってすっごいお金持ちなんだって。どんな豪華な食べ物が出るのか楽しみ」
「ハンバーグあるかな?」
「ノアナって、まだハンバーグが好きなわけ? お子ちゃまね。あたしを見習って、好きな食べ物はパンの耳って言いなさいよ。たいがいの人は憐れんで、食事を奢ってくれる。食費が浮くという作戦よ。ふふふ」
「ルーチェって頭いい!」
家から持ってきた服に着替え、メイクする。
わたしの仮装は魔女っ子。黒いワンピースに黒い三角帽子。表は黒、裏は紫のマントを羽織る。
ルーチェの仮装は、女海賊。黒眼帯が似合っている。
「バッチリだね。行こう」
「あ、魔女の杖を持ってくるのを忘れた。昨日の夜、紙を丸めて作ったのに」
「そこらへんに落ちている木の棒でいいんじゃない?」
しゃべりながら更衣室から出ると、黒を愛用しているユガリノス先生が廊下に立っていた。
先生はおしゃれに変身したけれど、洋服のどこかに黒があるのは健在。この人は暗黒の呪いから逃れられないらしい。
「先生、どうしたんですか?」
「帰りのホームルームをサボった生徒が二名いる。小テストを返却するから、家で復習してきなさい」
「げっ! 真面目かよ」
ルーチェはうんざりした顔で数学の小テストを受け取った。
「四十八点か。まあまあね。ノアナは?」
「五点」
「さすがは安定の一桁」
ルーチェがテスト用紙を覗こうとしたので、慌ててグシャグシャに丸める。ルーチェはきっと、点数が低いのを恥ずかしがって丸めたと思ったことだろう。
「ったく、わざわざテストを返しに来るなんて、暇なのかね? することがないなら、仮装パーティーの飾りでも作っていろっつーの」
先生の耳はルーチェのぼやきを聞き逃さない。
「ルーチェの仮装は海賊か。水のある場所が好きというわけだな。ちょうど良かった。プールの掃除係に任命しよう」
「げげっ! 超忙しいんでお断りします!! ノアナ、行こう!」
「う、うん」
「なにが水のある場所だ。海賊はプールじゃなくて、海だっつーの」
「そうか。海か。それなら夏期講習の一環として、海での遠泳三十キロ合宿に申し込んであげよう」
「うわっ、地獄耳! 最悪。ノアナ、逃げるよ!!」
ルーチェはわたしの袖口を引っ張ると、昇降口目指して走った。
わたしは先生に向かって、こっそりと手を振る。先生は手を振り返してくれなかったけれど、ほんのわずかに口角を上げた。
「あいつは、プロテニスプレイヤー並みの返球率の高さかよ。ちょっとした言葉からでも嫌味を返してくる。恐ろしい」
文句たらたらのルーチェ。
わたしも少し前までは、ルーチェみたいに反発ばかりしていた。けれど先生のお試し妻となって四ヶ月も過ぎれば、すっかり良い子。先生が嫌味を言うのは体調が良い証拠なので、微笑ましい気持ちで嫌味を受け流せるようになった。
(今日も夫の嫌味が絶好調で、安心です。ふふっ、これが妻の余裕ってヤツね)
余裕があるのには、もうひとつ理由がある。
さきほど返却された数学の小テストに、先生が書き込みをしていた。
『冷たいものを飲みすぎてお腹を壊さないように。十時頃、駅に迎えに行く』
お父さんかよ! って突っ込みたくなる。先生は過保護だ。
幼妻に対する先生の言動は、圧倒的に甘さが足りない。教師と生徒の間柄、それに十歳差ということもあって、わたしたちの関係は対等ではない。先生が甘さを加えずに世話を焼いてくれると、どうしても保護者のような雰囲気になってしまう。
(先生が積極的にラブラブなことをしてくれたらいいのに……)
先生の誕生日にキスをしたのがきっかけで、なにかというとわたしは、「先生、キスしよう」とねだるようになった。そう、キスはいつもわたしから。先生から求められることはない。それにいまだに、好きだと言われていない。
先生も好きって言ってと頼んだら、「言えるわけがない」と拒否されてしまった。
先生からのキスがほしい。好きって言われたいのにな……。
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