あたしの舌は、お肉の良し悪しなんてわからない

七緒ナナオ

🍖🍖🍖

 あたしの舌は、お肉の良し悪しなんてわからない。


 スーパーで売ってるちょっといいお肉も、そこそこのお肉も、どんなお肉でも美味しく食べられる。

 食べたことのある高級肉といえば、焼き肉チェーン店のスペシャルメニューに載っているお肉くらい。A5国産黒毛和牛のステーキなんて、食べたことはない。


 とろけるようなお肉って、それ、本当にお肉なの?


 あたしが思うお肉は、舌や喉で味わうような肉じゃない。肉の繊維を噛みちぎり、口腔内と歯とで味わうお肉のことだ。

 焼き加減は、カリカリに焼いて欲しい。硬くたって、構わない。いや、硬すぎるのは困るけど。


 こんなあたしが思う最高の肉。

 それは、雲ひとつないカンカン照りの暑い日に、ジュウジュウと肉の脂や水分が溶けて蒸発しながら焼ける音と匂いを撒き散らし、塊肉を串に刺して鉄板なんかで焼いて販売している屋台の肉だ。


 あの空腹を刺激する魅惑の香り。胃袋というよりは、鼻腔の奥から湧き出す食欲。

 あたしは、暑い夏の日に出ている塊肉を焼いている屋台の誘惑に勝てた試しがない。

 ぼたぼたと汗を流しながら屋台に並び、味のついた煙がけぶる屋台の前で、ただひたすらに肉が焼けるのを待つ。

 塩と胡椒が肉の脂と混じり、焼けてゆく。あの匂いが立つ瞬間が、たまらない。


 ——これ、絶対に美味いやつ。


 という確信が持てる瞬間だからだ。

 そうして肉が焼けると、屋台のおっちゃんが——稀におばちゃんが——串に刺さった肉を、カリカリに焼けて水分も脂も飛んでしまった肉の塊を、手渡してくれるのだ。


 ——すぐに食べるから、いいよ。


 だなんて言って、紙も皿も貰わない。それがあたしの流儀。

 手渡されたらガブリと噛んで、口の中へ入れてしまうから。

 念入りに焼かれたお肉は、ジューシーさの欠片もない。あるのはただ、カリカリとした小気味よい食感と、濃すぎる塩と胡椒の味。そして、焼けた肉の繊維の味だ。

 これが最高に美味しい。少なくともあたしは最高だと思ってる。


 塊肉の串を文字通り食べ歩きながらあたしが次に向かうのは、アルコールを提供している屋台。


 はちゃめちゃに暑い日、それも真っ昼間。


 右手には塊肉が刺さった串、残る左手が持つものは、当然お酒だ。

 肉に合うお酒は果てしない。挙げればキリもない。

 だから各々、好きなお酒を飲めばいいけど、あたしが選ぶのはキューバ・リブレ。ラム酒とコーラを混ぜたカクテルだ。


 比率なんて、どうでもいい。

 コップをひとつ。ラム酒を適当に好きなだけ。あとはコーラが溢れない程度に注げばいい。仕上げに絞るのは、ライムでもレモンでも、どちらでも。別になくたっていい。


 適当なキューバ・リブレを受け取って、ようやくあたしは完璧な状態になった。


 右手には塊肉が刺さった串、左手には適当に作られたキューバ・リブレ。

 天上は青く、ギラギラ輝く太陽が容赦なく熱を叩きつけてくる。

 地上のアスファルトがその熱を受けて、鉄板みたいな熱さを発している。


 その間で焼かれるあたしは、すでに念入りに焼き尽くした肉にかぶりついて、アルコール度数が高すぎるキューバ・リブレをあおって酔う。


 適度にお酒が回ってくるとケラケラ笑い出してしまうのはご愛嬌。こんな暑い日なのだから、肉にかぶりついて酒に酔い、笑って過ごすのが最適解だ。




 そんな世界に、あたしはいた。




 もう、コーラは手に入らない。ラム酒はかろうじて似たようなお酒がある。気安く手に入るのはお肉だけ。

 でも、牛も豚も鳥も羊も馬さえも、似たような動物はいるけれど同じじゃない。味が微妙に違うのだ。


 塩と胡椒が存在したのは幸いだった。

 肉の味が違えども、偉大なる塩と胡椒のおかげで、どうにか美味しいと思えるお肉を食べている。


 あたしは、かつて夏の日にかぶりついた塊肉の串焼きと、一緒に飲み干したキューバ・リブレの味を思い出しながら、滴る唾液をじゅるりと啜った。


「行こう、お肉が待っている」


 そうして腰に装着した鞘から大振りのナイフを引き抜くと、眼前にします牛型魔獣モンスターに向かって駆けてゆく。


「どうか、あの日食べた串焼きの味を再現できるお肉でありますように!」


 あたしは、いつの日かコーラも含めてあの思い出の味を再現することを夢見て、今日も今日とて転移してしまった異世界で、お肉とコーラのために魔獣モンスターを狩るのである。



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