第20話:つづく
あれから僕はぼちぼち書き続けている。もちろんあの頃ほどの活気はないし、人もかなり入れ替わっていると思う。ずっと書き続ける人が希少なのと同じくらい、ずっと読み続ける人も希少だから。世の中には沢山娯楽が溢れているし、小説なんてその内の一つでしかない。飽きたら次の娯楽へ、それが当たり前の時代。
増えたり減ったり、人にはそれぞれ理由がある。一喜一憂しても仕方がない。もちろん、明らかに落ち度がある時は反省するけれど。
数字を完全に無視することは出来ないし、する必要はないのかな、とも最近思う。数字は結構正直者で、物語の盛り上がりどころでは上がり、溜めのパートでは下がる。狙い通りの時もあるし、狙いを外した動きをすることもある。参考にするのはいい。そういう学びも必要だと思うから。
ただ、それだけを見るのではなく、その数字には一人ひとり、人間が関わっているのだと理解すること。要はバランス感覚が大事、と言う当たり前の話。
かつて僕はそのバランス感覚を欠いていた。ただ一方だけを凝視し、その果てで潰れ、読んでくれていた人たちを裏切った。楽しんでいたはずの自分すら裏切った。今ではこれは自分の趣味であり、やりたいことなのだと強く言い聞かせている。
もちろん、たまに見失うこともある。最近では創作界隈の何処を見渡しても多くのマネタイズ手段が生まれているし、小説界隈もその流れは顕著だ。僕も少ないながらも多少お金をいただいている。するとあら不思議、欲がね、ちろっと。
あの頃にこのシステムがあったらヤバかったなぁ、と思いながら日々精進。そりゃあ小説を書きながらご飯が食べられたら最高だけど、そのために自分の『面白い』を曲げるくらいなら書く意味はないかな、と思う。
だから僕にとって創作は趣味だ。アマチュアとプロの境界線が曖昧になっている今だからこそ、自らの手で線を引く必要がある。自分は趣味か、商業か、もしくはその折衷か。どちらにせよ、豊かに生きるため活動をしていることに変わりはない。
其処に貴賤はない。
商業で戦う者たちを尊敬している。趣味に生きる者たちを尊敬している。あらゆるジャンルの創作者を、表現者を、僕は尊敬している。
彼ら一人一人に物語があり、彼ら一人一人に『面白い』がある。それは物語かもしれない。世界観もしれない。細やかな設定や作り込まれたキャラクターにそれを見出す者もいるだろう。音や声、これから先、匂いや触覚での表現も増えてくるかもしれない。其処に正解はない。あるのは違いのみ。
各々が何を求めるか、何を生み出すか、その偏りでしかない。そして、その偏りがあるからこそ、創作とは『面白い』ものなのだ。
だから、勇気を持って世に出してみるといい。最初は大変だと思う。ただ、世にある無数の娯楽、創作物の中から手に取り選ばれた時、その時の喜びは十二分にその大変さをペイしてくれるはず。僕はそうだった。
そして、僕らは忘れてはならない。人が選び取ってくれたこと、それが当たり前のことではないのだと、胸に留める必要がある。
彼らにも日々の生活があり、その貴重な隙間時間を割いてくれているのだ。学生ならば勉学や部活がある。社会人なら当然一日八時間以上を職場に拘束されている。その中でさらに炊事洗濯掃除、子育てや他の趣味もあるだろう。
それを忘れてはならない。彼らは数字の一ではないのだ。
その感謝を忘れずに、僕は自分の物語を紡ぐ。其処に楽しさを、喜びを、感動を見出し、共有してくれたなら、それ以上はない。
そうそう、あの後結構大変だったんだ。
いきなり時田さんが僕の脚本で作り直すと完成間近で滅茶苦茶なことを言い放ち、僕はアニ研で総叩きにあった。もっと早く渡すか、完成してから渡せよ、と。まったくもって正論だが、そもそも暴走していた時田さんが悪い気がする。
ただ、そうと決めた時の彼女の行動力はさすがの一言。他のサークルなどに頭を下げ、上手いこと丸め込んできたのだ。多分サラリーマンの才能もあると思う。
とは言え主演二人はすでに就活戦線ど真ん中、いくら何でもアポイントを取るのは不可能だろうし、そもそも田中さんとはまあ、ああいうことがあったためどう考えても無理筋だと思っていたのだが――
『面白いじゃん。これならむしろやりたいね』
『面白そうだしいいよー』
むしろ他の面々よりよほどすんなりと快諾してくれたのだ。田中さんに至っては「よう童貞君。元気に童貞してるかい?」と前と変わらぬノリで接してきて、僕の方が困惑していたほどである。やはり僕の手に負える相手ではなかった。
ヤリチン先輩に言う通り。女性のことは女泣かせに聞くのが一番だ。
撮影は春休み期間、以前よりも短縮した日程に詰め込むこととなった。さすがに三日も就活生を拘束するわけにもいかないのと、そもそも前回の経験もありかなり円滑に撮影できたことも大きい。天候も運に恵まれ最高だった。
小学校の遠足以来だったよ、テルテル坊主を作ったのなんて。
『またね』
『うん。また』
郷愁を誘う別れのシーンが撮れた時、僕は誰よりも勢い良くガッツポーズしていたと思う。やっぱり自分の脚本だとね、その、気合が違いますよ。
僕好みの展開だしさ。
ちなみに脚本変更の一件で、アニ研の脚本チームと当然すったもんだがあったのだが、最終的に兼部させられることで許された。何故そうなったのかは今でもわからない。半分の身柄をガチサーに拘束され、僕のモラトリアムは静かに息を引き取った。
まあ、忙しいのもそれはそれで楽しかったけれど。
ヤリチン先輩や田中さんとはそれっきり会っていない。噂では二人とも悠々楽勝で一流企業に就活できたそうだ。世の中、ほどほどの学歴があれば後は顔なんすよ。顔と言うか清潔感かな。二人とも撮影時では就活仕様だったが、それがまたどちらも以前のチャラさが欠片も見えない感じだったのが狡かった。
撮影的にはむしろアドではあったが。
アニメーションに関してはセリフなどの差し替えで細かな部分の変更はあったが、基本的に弄る必要はない。と言うか、其処は脚本を書いている時に一応気を遣ったつもりだったのだが――
『物足りませんね』
何が時田真琴に火をつけたのか、ガンガン描き直し始め完成はさらに遅れた。意外と彼女、プロ向きではない気がしてきたのは内緒である。
まあ、その甲斐もあって良いものが出来たとは思う。思い出と現実、甘酸っぱい初恋と互いに思い合いながらもすでに終わっていた恋。素晴らしい陰影である。苦みの中にほんのりと甘さがあり、程よくビターに仕上がっている。
と、僕は思ったわけ。評価はまあ、内緒。
僕の名前ではなくCCCをクレジットしてもらったからね。世間一般では僕が関わっていることなどわかるまい。時田さんはごねたが、其処は頑として譲らなかった。今もそうだが、しばらくはゆっくりいきたいんだ。
自分を見失わないためにも。
あと、私事で恐縮なのだが、
『――ところで付き合いませんか?』
『……僕、たぶん執筆が優先になると思うけど』
『私もです』
『そっか。なら、よろしくお願いします』
『こちらこそ。不束者ですが』
と言う感じであっさりと付き合うことになった。告白とはさぞドラマチックなものなのだろう、と思っていたが拍子抜けするほどあっさりと付き合い、今に至る。
果たして今の状態を付き合っていると言えるのか甚だ疑問ではあるが、それもまた一つの形なのかな、とは思う。思わねばやってられん。
就活のことはね、思い出したくない。自分の心の弱さをより痛感してしまったから。一度諦めて夏遊び惚け、割と真面目に時田さんから説教を受けた。
あと、元凶のキョウから距離を取れと無茶ぶりもされたっけ。あいつ就活しないから当時はあの手この手で僕をそっちの道に引きずり込もうとしていたからなぁ。シナリオライターの求人とか持ってきて勧めてきたり、一緒に漫画を描こうとか言ってきたり、色々あったなぁ。就活時のあいつは正しく悪魔だった。甘言的な意味で。
いやまあ、一時は本気で傾倒していたけれど。説教される前は、ね。
まあ、
「頼むよ、紅葉。何かアドバイスくれ! 何も思いつかん!」
「……昼飯を抜け出させといてそんな話かよ」
「そんな話とはなんだ。俺の人生がかかって――」
「はいはい。また夜にでもかけ直すから」
「ちょ、待てよ――」
電話越しに今も甘言と言うか、悲鳴をぶちまけていたが。つい最近まで漫画が見えてきた、やれるぞガハハとか言っていたのになぁ。まああいつの心配は無用だ。元々計算で組み立てるのが上手いし、物語も基本はパターンだから。
大丈夫、あいつは問題ない。
問題があるのは――
「島崎、そろそろ行くぞ」
「あ、はい、先輩!」
「また友達か?」
「うす。あの、会計は?」
「払っといたから心配すんな。それより見積は大丈夫なんだろうな? ちゃんと社印押したか? 一応電子の方はチェックしたけど」
「もちろんです。こんな感じで」
「……うんうん。まあ良いんじゃ……あれ、数字が、これ、まさか」
「……?」
「これセカンドのォ! 今回出すの三度目の正直のやつゥ!」
「……あっ」
僕の方である。
「あー、くそ。いや、確認しなかった俺のせいだ。しかしあれだな、島崎はちょっと抜けが多いぞ。他の同期に比べて」
「す、すいません」
先輩の言う通り、僕はとにかくミスが多い。自分では確認しているつもりなのだが、ふとした拍子に抜けてしまうのだ。
「メールでは正しい奴送っていたよな?」
正しい見積もりはすでに送っている。数字も頭に入っている。ただ、先方が原本を必要としているから、打ち合わせも兼ねて客先へ向かっている最中であった。
何処かで見積もりが入れ替わってしまったのだ。やらかしたぁ。
「そ、そうですね。間違いなかったと思います」
「時間は……間に合わんな。うし、ならやるしかない。うっかり間違えちゃいました作戦だ。島崎は間違えたことを知らない。俺もまだ知らない。この体で行く。打ち合わせの流れで提出して、数字の話で相手に気づかせる。そこから俺が上手く謝るから、島崎もとにかく合わせろ。流れは俺が作る。いいな」
「しょ、承知しました」
「まあ見とけ。俺が百戦錬磨の謝罪テクってやつを見せてやるよ」
「じ、自分も土下座とかした方が良いですかね?」
「馬鹿。土下座なんて自分に酔ったやつしかやらねーの。むしろ相手からしたら馬鹿にしてんのかってなるわ。こういうのは塩梅よ、塩梅。ま、これも勉強だ」
「べ、勉強させていただきます」
「次は確認するように」
「うす」
「返事はいつもいいんだけどなぁ」
「すんません」
新入社員、と呼ぶには少々時が経った。同期はバリバリ仕事をしているが、僕はまあパッとしない。そのくせ帰宅時間もやたら早いのだからひと昔前なら地方へ転勤待ったなし、みたいな感じであっただろう。最近はかなり世の情勢も働き手に寄ってくれているおかげで、何だかんだとやれている部分もある。
と言うか、僕の場合は会社と先輩に恵まれているだけのような気もするが。
だからこそ恐縮してしまう部分もある。申し訳ないと思う部分も。趣味が何かも言えないし、あちらからすればよくわからない子だと思われているのかもしれない。
一応、自分としては真面目なつもりではあるのだが――そもそもマルチタスクではなく脳のキャパも多くはない。そのくせ四六時中、隙あらば妄想に耽っている者がミスなく仕事が出来るかどうか。今後の課題である。
指差し確認、最近やめていたけど再開しよっと。
○
「それでね、先輩がまた凄いんだよ。謝っていたら先方が恐縮しちゃってさ、新しい仕事をくれてね。今度は上手くやってね、って僕が任された。打ち合わせ終わりの和やかなこと和やかなこと。上手いなぁ、と感心させられたよ」
アパートに帰宅。今日も疲れた。まあ、大半は自分のせいだけどさ。
「え、仕事の話はいいから同棲の話? いや、それはほら、両方落ち着いてから考えようって話した……もう落ち着いた? いや、僕は落ち着いてないけど。期日を定める? そんなまた仕事みたいに。焦る必要ないと思うけどなぁ」
最近、彼女からゴン攻めを喰らい疲弊しているのは内緒だ。同棲をしても良いのだが、たぶんどっちもあまり家事が得意ではないし、余裕がないと色々と面倒な気もする。なのでもう少し落ち着いてから、と言う話にしたのだが。
「わかってるよ。きちんと考えているから。うん、大丈夫大丈夫。それじゃあ今から夕食だから。ん、ああ、弁当だよ。その後からやる。うん、そっちも頑張ってね」
彼女をいなした後は、
「……ふぅ。明日でいっか」
鬼電を入れてきていたキョウをあえての放置にして、僕はネクタイを緩める。会社内では基本ノーネクタイで構わないのだが、客先へ出向くときはネクタイを付ける。時代錯誤と言われようと、まだまだ世の中そんなものである。
たまに夏でもフル装備のリーマンを見るが、さすがにあれは客先も引くだろう、とは思う。誰にとってもいいことないからやめた方がいい。
ただ、スーツは好きだけどね。着こなしを考える必要がないから。まあ、仕事の出来る先輩から言わせたならスーツにこそ着こなしがいる、らしいが。
僕にはちょっとわからない。
働きながら創作活動をすると言うのは思ったよりも大変だった。特に一年目は覚えることも多く、怒られることもしょっちゅうあった。結構がっつり怒られた日には今日何もしたくないなぁ、と思うのもまた人間、仕方がない。
飲み会やらの付き合いも、上手くやらないと一瞬で時間を失ってしまう。好きな人は好きだし、あの人たちも善意なのはわかっている。自分がされて嬉しいことをしてあげなさい、とおばあちゃんから言われた日本人は一億人くらいいるだろう。
僕は言われたことないけれど。
善意だからこそ難しい。全部を断るのは角が立つし、好きだと嘘をつけば痛い目を見るのは自分である。その辺もバランス感覚。僕は大分職場に助けられている方だ。そして僕自身、今はそれに滅茶苦茶甘えている。
こうして普通の時間に帰宅し、PCの前で作業をする。これが当たり前ではない勤め人など、この世界にはざらにいるのだから。
だから僕は感謝すべきなのだろう。今のところは僕のような人材を受け入れてくれている会社にも。いつ堪忍袋の緒が切れるのかはわからないが。
そして、働いたからこそわかる兼業作家たちの恐ろしさよ。僕にはちょっと難しいかな。二つの責任を背負いながら上手くやりくりするのは。
そもそも仕事と趣味すら難儀しているのだから。最近生活リズム自体には慣れてきたけれど、仕事は一向に抜けが減らないし。
おっと、そろそろ頭を切り替えなきゃ。
「さーて、メシメシ」
平日の夜は基本弁当とか外食が主。さすがに料理をする気にはならない。愛しの電子レンジちゃんにチンしてもらいそそくさと食べる。スーパー、弁当屋、コンビニ、このローテーションで回せば基本飽きない、と思いきや弁当そのものに飽きてくる。そういう時に外食を挟んだりするのだが――家庭の味が欲しくなる。
僕も休日は料理するけどね、一応。
「ごちそうさまでした」
PCを起動しつつ弁当のカラをゴミ袋に突っ込み、風呂の準備をする。スーツとワイシャツはハンガーに引っ掛け、消臭スプレーを吹っ掛ける。これにより匂いを抑えつつ、何としわ伸ばしまで出来てしまうのだ。
洗濯は週一、これぞ男の一人暮らしである。
乾燥機能付きの洗濯機はいいぞぉ。QOLが爆上がりするから。とりあえず下着類全部自慢の洗濯機に突っ込み、そのまま風呂と言う名のシャワーへゴー。
すっきり爽快。これで準備完了。
大学に入ったら誰も買っていなかった学校指定のジャージを身にまとい、市ヶ谷モンキーパークへの愛校心溢れた精神を見せつつ、ふたたびPCの前に座る。
会社の皆には悪いが、僕にとってはここからが今日の本番なのだ。
格好つけて首をこきこき、これは体に悪いからやめた方がいいらしい。だけどほら、これやっているキャラが格好いいからやっちゃうんだよね、つい。
腕まくりをする。これまたする必要はあまりない。
まあ、今日はそういう気分と言うだけ。
「……よし」
気合充分。今日は謝罪中にいい展開が浮かんだからモチベは高い。こういう日は良い話が書けるのだ。気のせいな時もあるけれど。
まあ、そんなこんなで、
「書きますか」
僕は今日も物語を紡ぐ。
逆張りクソオタクの創作論 富士田けやき @Fujita_Keyaki
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