第19話:歩くような早さで
「重役出勤だな、紅葉」
「……眠い」
僕は欠伸を噛み殺しながら気合で部室にまで辿り着いた。徹夜で文章書いて、書いて、書いて、予約投稿しておいたのともう一つの自己満足を描き終えたらとうの昔に三限の時間。現在は四限の真っ最中、半分放課後みたいなものである。
まあ、今日は講義を受ける気がないので構わないが。
講義自体は結構入っているけれど。
「お勤めご苦労さん」
にやにやと笑うキョウに僕は苦笑いを浮かべる。
「……昨日はごめん。あと、ありがとう」
「何の話かわかんね」
「……心までイケメンなのは反則だよ」
一つ、心配事が片付いた。昨日は本当に完全に終わった、と思っていたから。親友の器の大きさに感謝するしかない。
「先輩」
「おん? どした?」
「今から野暮用済ましてくるんで、終わったら久しぶりに麻雀やりません?」
「寝た方が良いんじゃね? 顔色死んでるけど」
「今寝たら生活リズム壊れるんで、こっからは気合で乗り切ります」
「……野暮用は?」
「すぐ済みます」
「わかった。じゃあこっちで用意しとくわ」
「どうもっす」
何となくダラダラしたい気分になった。自分にとっての大学生と言えばやはり麻雀なのだ。脳死でする麻雀ほどモラトリアムを感じることはないから。
「面子どうする?」
「俺やりますよ」
「ワイトもやります」
「暇人しかいねえな、ここ」
爆速で面子が固まった様子を尻目に、僕は野暮用を済ませに行く。ぶっちゃけると自ら赴く必要はない。今の時代、遠隔で用を済ませる方法などいくらでもあるし、そちらの方が相手にとっても気遣いが出来ていると言えるだろう。
ただまあ、昨日のお礼も兼ねて、
「失礼します。CCCの島崎です」
「ひゃん!?」
アニ研の部室にお邪魔する。せっせと作業する面々が驚くほどの驚きようを見せる、昨日と変わらず変身前の時田さんが其処にいた。
顔面を真っ赤にして、跳ねた髪の毛を気合で押さえつけようとしているが、髪サイドも負けじと跳ね上がる様はなかなかに趣深い。
「ちょっと話せるかな?」
「あ、は、はい。出来れば化粧と洋服を準備したいので、一度家に帰らせていただければと思うのですが如何でしょうか?」
「……いや、すぐ済む用事だから。出来れば帰宅前に済ませたいかな」
「で、ですよね。大丈夫です、はい」
アニ研の部室がにわかに沸き立つ。まさか、こいつらワンチャンか、みたいな視線が男女から向けられそこそこ居心地が悪い。
どいつもこいつも僕に似てノーチャンな面してやがる。
非常に親近感が持てるね。
現在四限の真っ最中、半分部室棟の校舎でもさすがに人通りは多くない。大した用でもないので部室の外に出てしまえば十分である。
「昨日はありがとう。風邪とか引かなかった?」
「ぜ、全然大丈夫です。万全です」
「そりゃあよかった」
「あの、活動再開、おめでとうございます」
「何もめでたくはないけどね。あと、感想ありがとう。早過ぎてびっくりしたよ。嬉しかったけど寝ないと体に悪いよ」
「最初の感想、私じゃないです」
「え?」
「これが私のアカウントなので。先ほど、長文の感想を投げました」
時田さんがスマホの画面を黄門様の印籠が如く示してくる。其処には確かにMAKOTOと言うアカウント名と熱の入った感想が書き込まれていた。
「……サブ垢じゃなく?」
「複数アカウントの所持はBAN対象ですよ」
「……ですよねえ」
完全に時田さんだと思っていたので驚いてしまう。だって、あれ、深夜遅くに告知なしで更新したわけで、しかも何年も前にエタった作品なのに――
「1コメ狙いでしたが負けました。無論、2は取れたのですが……他の方に譲った方がよろしいかと思いまして。きちんと見ましたか?」
「……ああ。まだいてくれたね。待ってくれている人が」
昔ほど多くない。当たり前だけど大半の人は離れていた。だけど、ほんの少し、一人、二人、三人と戻ってきたことに喜んでくれた。また、感想をくれた。
それが本当に嬉しくて、また泣いたのは内緒である。
「これでもまだ自信、持てませんか?」
「いや。自信になったよ」
「それはよかったです。今後の活動はどうされる予定ですか?」
「まったりと書き続けてみるよ。今はただ、格好つけとかそういうのじゃなく、待ってくれていた人たちのために、もしかしたら戻ってきてくれる人たちのために、書きたいと思うんだ。プロ志望からしたら、ぬるい考えかもしれないけれど」
「いえ。私は好きです。そういうスタンス」
「そっか。ありがと」
「どういたしまして」
彼女(あと一応キョウ)のおかげで僕は見つめ直すことが出来た。自分の本当の過ちを。元々楽しいだけで始めたことがたまたま上手くいって、調子に乗ってドボン。初志を忘れて勝手に絶望して、勝手に恨んで、僕は最低だった。
今度は間違えない。『昨日』と言う日を忘れない。
「あ、そうだ。あと、これ」
「USBですか?」
「うん。ほら、前にさ、映画の件で面白いかどうかって話があったでしょ?」
「ええ、ありましたね。私は面白くないと言ったやつですね」
「実は僕もあんまり、だったんだ。でも、当時の僕はそれを言語化することも、表現することも怖くてできなかった。今も怖いけれど、一応、物書きの端くれに戻るなら言葉じゃなくて作品で、と思って。書いてきた」
「……ほぼ早朝まで小説、書いていましたよね? 二万字も」
「あの後数話分書いて、とりあえず落ち着いたから箸休めに」
「……数話書いて、箸休め」
「も、もちろん、手は抜いていないよ。元々さ、頭の中にはあったんだ。こうしたらいいんじゃないかって。それを書いただけだから」
「……いえ、其処には引いてないです」
「……?」
「三十分の映画一本分ですか?」
「もちろん」
「……餅は餅屋ですね。拝見します」
「いや、どうだろ? クッソつまんなかったらごめんね。ってか、今更だし」
「いえ。今更でも島崎君の物語を頂けるなら、こんなに嬉しいことはないです」
「大げさだなぁ」
時田さんは持ち上げ上手だなぁ、と思う。ナイーブな作者を傷つけまいと優しい言葉を投げかけてくれているのだろう。
今はまあ、その厚意に乗らせてもらう。
「それじゃあ制作頑張ってね。応援してる」
「はい。島崎君も」
「ぼちぼち頑張るよ。じゃ、また」
「ではまた」
今更脚本など渡しても仕方がない。完成間近の作品である。それでも一応、自分の思ったことを形にして伝えるのが礼儀だと思った。彼女はきっとあの時、自分にそれを求めていたのだから。遅過ぎるけど、ね。
さて、巣に戻ろう。
退廃的で、生産性皆無の、モラトリアムな空間へ。しばらくはキョウに倣い、僕も住み分けようと思う。
「戻りました」
「もう面倒くさいから配っといたぞ。島崎が親な」
「……積み込んでないですよね?」
「馬鹿。賭けない麻雀でそんなことするかって。早く席について切れ」
「はいはい。じゃあ始めますねっと」
家では創作活動をして、
「……悪いすね、皆さん。今日は初っ端から行きますよ、人生初のダブリー!」
「「「ロン!」」」
「おい!」
「三人とも人和だぞ、紅葉」
「積み込みどころの騒ぎじゃねえだろ! どんな確率だよ!」
「ダブリーの誘惑に負けた島崎が悪い」
「んだんだ。あと、うちのルールじゃ人和は役満だから」
「初めて聞きましたよ!」
「初めて出たもん」
「ぐぬ」
大学では今まで通り、クソみたいなモラトリアムを送る。そんな感じでメリハリの利いた、無理をしない創作活動をしていこうと思うんだ。
長く続けるために。
欲に目がくらみ何も見えなくなった。その欲を全肯定して、それだけしか見ていなかったから僕は自分が負けたと思っていた。
だけど、何一つ負けていない。書籍化してもらえたのは嬉しい。とても光栄なことだ。たった一巻、それでも辿り着ける者は一握りの世界。少なくともそこに選ばれたことは、例え打ち切られたとしても僕の小さな誇りであり続ける。
ただまあ、創作ってそれだけじゃない。僕はただ人に認められたかった。人に僕の物語を共有して欲しかっただけ。僕を見て欲しかっただけなんだ。
誰かが僕を見てくれている。待ってくれている。なら、そのために創作をしたっていい。それが僕の初志で、望みであったのだから。
「はいはい。じゃあ僕の負けでいいんで仕切り直しますよ」
「やろうやろう」
「久しぶりっすねえ」
「確かに」
ゆっくりと、歩くような早さで。
僕は歩み続けたい。今はそう、切に思う。
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