おとこ塾

蒼翁(あおいおきな)

第1話 おとこ塾

おとこ塾。


なんだそれ。


錆びた看板に募集中とあるが


それは従業員を、なのか


生徒を、なのか


どっちなんだ?笑


けどなんだか、入ってみたくなった


3階か。


エレベーターは・・・奥か。




もう、何もかも嫌になっていた


楽~に消えたいなぁ・・・


いや、ほんと、全てがどうでもいい


理由とか、得にはない


昼休み、会社を出てきたが、いつの間にか最寄り駅に着いていた


カードをかざして改札を通る


いつもとは反対のホームから、やってきた快速電車になんとなく乗ってみた


扉が閉まる


あ~乗ってしまったよ、おい。


結局2区間先の停車駅で降りたけど、正直10分も乗ってない


この小心者が・・・まあいいか


駅を出て、全く知らない街の、昼間だというのに活気の無さそうな商店街に入る



で、見つけたわけです「おとこ塾」


チーン


3階に着いた


降りて正面がいきなり「おとこ塾」だ


受付がある


50代の、どこにでもいそうなおばちゃんが座っていて


「こんにちは。どうぞお入りください」


いきなり促された


「えっ、この右手ですか?」


「どこでもお座りください」


「いやあの、初めてなんですけど」


「大丈夫です。なにも要りません。どうぞ」


なにがあるというのですか


壁の時計が12時35分を指している


今から事務所に戻っても遅刻だな・・・


ま、いいや、もう。



奥に進むと扉のない部屋が開けており、話し声が聞こえる


チラッと覗くと


小さな道場といった感じの広間の正面に、どこにでもいそうな老人がパイプ椅子に座っている


そしてその老人に向かって40代と20代の男性が2人、同じくパイプ椅子に座っている


俺に気付いた老人が


あっどうぞ、どこなりとお座りください


そんな目を向けてきた


俺はとりあえず、3脚ずつ5列並んだ椅子の、一番後ろの左端に座った


「さて、再開しましょう」


俺が座るのを待っていた老人が静かに語りだす




われわれ、男を演じる限りは、段や資格を取りたいと思いませんか。


しかしそれらは決して、見せびらかすためのものではありません。


心のうちに持っておくものです。


では、それらはどうすれば手に入るのか。


それらを手に入れるためには、生半可の努力ではとうてい無理です。


しかし、それらを追い求める姿こそ、「おとこ」の格を確実に高めるのです。


もうだめだ!の繰り返しが、貴方の背が伸びる瞬間なのです。


自分の経験した惨めさを後生引きずり、心の傷を勲章として、苦手を克服し、最後の最後に全てを喰い"契"るのです。


何時でも最高の自分を魅せる努力を惜しまず、追い詰められるほどに素敵な笑顔で、信用と信頼を勝ち取るのです。


あなたが「面白くない」と諦めれば、部下や子どもは白けます。

 

人を批判する前に自分を批判し、逃げず・媚びず・仲間を裏切らず・童心を忘れず、一日一ミリでも背を伸ばすのです。    

 

私たちは唱えるためではなく、叶えるために生きているのです。


負けるとわかってやるケンカも、いずれ勝つための、叶えるための布石と信じて、どんどん吹っ掛けてください。


強がりも繰り返せばいずれ度胸に変わります。

 

また世の中、正しい事ばかりやってられないことも真理です。


優しさと強さ、そこに狂気を加え、時には信念を持ってジョーカーを切りましょう。

 

我を忘れ、怒りに支配されかけても、そんな時にこそ洒落たアメリカンジョークの一つや二つ言えるくらいの男を目指すのです。


弱き者を見付けたときには「心事介入」し、強き者には「心狩り」を仕掛けてください。


触れてはならないところに触れるのが愛情。恥ずべきは「他人を装うこと」です。


そうして「自分」というドラッグのADDICTION(依存症)を増やすのです。


あ、余談ですが愛情についてもう少し。


時にその勢いで勝ち負けを左右し、人をも殺める「言葉」という凶器ですが、反面、たった一度の抱擁にさえ勝てない虚しきものです。


言葉は要らない。触れてください。


世の中「チャンス」は何度も作れるが、「タイミング」は二度と同じ姿では現れません。


貴方の思いついた手にも賞味期限があることを、心に留めておきましょう。


自分の限界なんて誰も知りません。


自分に頼らずして誰に頼るのです?


私たちはどんなに嫌気がさそうと、自分で自分のエンジンを止めず、ゴールという名のスタート地点で、確実に次世代へとバトンを渡すのです。


今ここから、貴方は「おとこ」を極める修行に入るのです。




自分の限界、か。


確かに、自分に飽きるのはまだ早いかも知れん。


ここ、すこし通ってみるか。


あっ、そうとなれば会社に電話して遅れる旨を伝えなければ。




おとこ塾に通いだして3ヶ月が経った


表立って何か変わったとかは、ない


ただ、今までとは真逆の行動を取るようになった



理不尽なことを拒否するようになった


思うことを溜めず言うようになった


困っていたら率先して手伝うようになった


後回ししていたものを先に片付けるようになった



「最近どうしたの?なんだか変わったね?」


色んな人から言われるようになった


仕事のスキルが上がった訳ではない


感覚としては


自分の進む道が、以前は道なき道だったのに


今はまっすぐ一本道が見える


どちらに進もうかと悩むことが大幅に減った


それもこれも、あの塾に通いだした成果だろうか


ちなみにあの老人が塾長だと思っていたが


少なくともこれまでに7人の老人の話を聞いた


あ、会費はこれまで1円も請求されていない


そして塾生は初日以来、自分を含めて3人のままだ


3人じゃ勿体無くないかと思い


受付のおばちゃん(この人は変わらない)に、もっと大々的に募集しないのかと聞いてみたところ


「あ~無意味。しないしない。」


それで終わった


いや、まあ、俺としてはそのほうが有り難いのだが。



そして、半年が経つのを機に会社を辞めた


なんだかとても窮屈になってしまったのだ


あの人の言うことは聞いたほうがいいとか


社内セミナーには参加したほうがいいとか


会議では波風立てず黙っておいてほしいとか


なんでそんなことに、いちいち縛られなきゃならないのだ?


「彼はなにかの宗教に入ったみたいだ」


「洗脳って怖いよな」


社内にそんな噂が流れ、上司からは「事情聴取」を受けた


俺が悪いと決め付けたか?

俺が異端だと決め付けたか?


そんな扱いを受けはじめた


だから、辞めた。


辞めたはいいが、特にやりたいことがあるわけではない。


いやもう、行き当たりばったりもいいところだ


アルバイトでもするか・・・

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