緑川さん

西しまこ

第1話

 今日もサービス残業だ。あーあ、もうめんどくさいな。


「緑川さん、ここから出た書類、くちゃくちゃにしないでください」

「え~ あたし、そんなこと、していません~」

「しているんです。苦情があったんです!」

「え~ すみません~」

 ゼッタイ、あたしじゃないけどぉ。

「緑川さん、はい、こっち来て」

「はぁ~い」


 あーあ、いつまで研修なんだろうなあ。一人で営業に行きたいなあ。あたし、おしゃべりは得意だから、営業向いているんだけどなあ。

「ちょっと、緑川さん、聞いているの⁉」

「はぁ~い」

「昨日のお客さんね、どうしてこのプランで行ったの?」

「えぇ~ それがいいと思ってぇ~」

「あのね、わたしはまずプランAで行きなさいって言ったのよ。どうしていきなりプランCを勧めるの。そうやって、勝手なことをするなら、打ち合わせする意味あるの?」

「ごめんなさぁ~い」

 主任はそう言うけど、なんとなくCの方が聞いてくれそうな気がしたんだよねえ。

「緑川さん、聞いているの⁉」

「聞いてますぅ~」

「帰るのは、明日の準備が終わってから。分かった⁉」

「はぁ~い」


 あーあ、残業やだなあ。お金出るならいいけど、サービス残業だしさ。準備って言っても、どうせ主任が全部決めちゃうんだから、初めから教えてくれたらいいのに。

 あたしの一か月前に入った北村さんなんて、いつも残業しないできっちり帰っている。いいなあ。教育担当の当たり外れってあるよね。絶対北村さんラッキーだよ。あたしの教育担当の主任なんて、鬼だよ鬼。あーあ。


 そう言えば、北村さん、仕事終わってからお茶しようって言ってたなあ。でもあたし、教育担当外れだから早く帰れないんだよね。それにそもそも、北村さんとあたしじゃ、経済感覚が違うと思うんだよね。北村さん、旦那さんいるしさ。あたしなんてお一人さまだからさ。全然違うよ、とにかく。あたしなんて、前の仕事辞めてから、本当にお金なくて大変だったんだから。カードも使えないしさ。北村さん、絶対化粧品はディオールとかだよ。あたしなんてドラッグコスメなのに。あーあ、いいなあ、北村さん。


「緑川さん、何しているの⁉」

「はぁ~い」

「そうじゃなくて、何をしているかって聞いているの!」

「はぁ~い」

 既に定時の時間を一時間過ぎていた。今日も残業だ。あーあ。




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緑川さん 西しまこ @nishi-shima

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