エピローグ 結びの言葉

――これは、遠い昔の記録。




「テーブルを搬入しろー!」


「酒とメシを持ってこい!」


「英雄たちを極力待たせるな!」




 空に最も近い場所、フロートランド大陸はダダッピロクレーターを囲むように、歴史をどれだけ遡っても類を見ない、前代未聞の宴が広げられた。




「なんかさ、軽く言っちゃったけど悪いな。飛空艇を行ったりきたりさせて……」


「ええやん。世界を救ったんやで?」


「ゴブ用に小さいテーブルまで用意してもらったゴブ! うれしいゴブ!」




 人間だけでなく、今では珍しくないエルフやゴブリン、ハーピーを交えた宴。多種族での宴は、このときに初めて行われたという。




「ゴブリンもエルフも、なんだか怖いイメージがあったんですが、笑顔を見ると、安心しますね」


「みんないいヒトたちですよ、サリナさん」


「我の笑顔もか? グワハハ!」


「ハルも、えがお!」


「ふふっ。みんな元気が一番だね!」




 前代未聞にして未だ再現出来ない理由は、まだある。




「アヤトさん、おつかれさまです」


「ああ、これはどうも……。って、女神様!?」




 それは神までもが、宴会に参加したコトだ。




「げえーっ!? あのときの!?」


「めがみさま、ちわわー!」


「もう。怖がらなくてもいいじゃないですか。ハルちゃんを見習って、元気よくあいさつしてください。ねっ?」


「こ、こんにちは」


「はい、よろしい」




 神が地上に降り立った記録は、この件以外に類はない。しかもそれは、一柱だけではない。




「ガハハ、ルークよ、よくワシのチカラを使いこなしたな!」


「ガルクレス様じゃないすか! 助力、感謝します!」


「レーンもしょぼくれてないで、こっちにこい!」


「……心遣い、感謝します」


「ミオンもがんばったね。キミのおかげで宴を楽しめるんだからね。ナイス指パッチン」


「ロウハイレン様のお力添えあっての私です」




 戦いの神や癒しの神など、遍く神々が降り立ち、大いに笑った。去り際には、今生で最高の宴だったと言うくらいには。




「アヤトさんがこの輪を作りだしたんですよ。この宴はきっと、歴史に残るでしょうね」


「誰かが伝えれば、ですね」


「その役目は我輩に任せてもらおう」


「ヴェルドさん! ……って、めっちゃ日焼けしてる!?」


「日光を浴びると、こうなってしまうのだ。まあそんなコトはどうでもよい。我が記録しておこう、いい暇つぶしになる」


「ハルパパのスペック、めっちゃ盛っておくね。高身長でイケメンで……」


「ありがとうございます。でも盛るのだけはやめて!?」




 降り立ったのは神々だけでなく、アルカトラ王直々に宴の準備を進め、参加もした。




「この慕われようを見るに、君が邪神を倒したのかい?」


「え? ええ、そうですね」


「あ……国王陛下ッ!」


「ミ、ミオンさんがいうなら間違いないですね! これはご無礼を!」


「いやいや……頭を上げておくれ。私も一国の主でありながら、なにもできなかったのだから。君には頭が上がらないよ」




 もっとも、神のあとで一国の王を出しても、今更感は否めないが。




「ところで、このきれいな女性は君の母親かい?」


「まあ、お上手ですこと」


「いやー……女神様です」


「ほ、本物の神様……?  これはご無礼を!」


「頭をお上げくださいな。神様なら、ここにたくさんいますので」


「たくさん!?」


 


 驚くべきことはまだある。神や人間の王まで巻き込んだこの宴は、なんのために催されたか。平和の記念? 異なるモノ同士がわかり合うため? どれも正解だが、一番の理由は――




「と、ところで。これは邪神を討伐した祝いの宴なのかい?」


「いや、少し違いますね。なんのための宴って、そりゃ……」


「アヤトくん。そういやサリナちゃんに向き合ってプロポーズしてないやんけ」


「あっ……。そ、それは」


「アヤトー、かお、まっかだぞ」


「ちょうどええやんか、結婚披露宴や!」


「けっ、結婚披露宴!?」


「えっ、これって……そういうコトだったんですか!?」


「サ、サリナさん。ごめんなさい、心の準備できてませんよね!?」




 主催者自身が口にした、結婚披露宴という言葉。それを聞いた参列者たちは、大いに盛り上がった。




「ならばそれに相応しい舞台を作らねば。歓迎しよう、盛大にな!」


「指輪担当、衣装担当、整地担当。それぞれの神様、よろしくお願いしますね!」


「いや女神様が仕切るの!?」


「任せとけ、神作品を造り上げてやっからよ!」


「しかも乗り気! ありがとうございます!」


 


 特に盛り上がったのは、物見遊山で降りていた神々だった。耕地の神はクレーターの荒れた地面を平たくし、鉱物の神は眩いダイヤモンドを用立て、装飾の神はそれを元に指輪を造り、ドレスとタキシードも仕立て、それを着せた。




「それ、階段も作れ!」


「教会はいらんな! みんなに見せてやろう、盛大にな!」


「まあそもそも、神様が教会を建てるのも本末転倒感あるし……」




 建築の神によってクレーターの中心へと架かる階段が建てられたとき、辺りはすでに暗くなっていた。




「夜になっちゃったね。神様たち、気合い入りすぎだよ」


「セリザ、ほし、みえないぞ?」


「星が神様だからね」


「へー。セリザ、ものしりだな!」


「だが月だけは浮かんでいる。ククッ、いい満月だ。おかげて明るい。みんなに見てもらえるぞ、アヤト」


「ヤバい、緊張してきた!」


「アヤトさん。……わたしもです。緊張も、いっしょに分かちあいましょう」


「ああ。それが、夫婦ですよね」




 式場は整った。いつでも酒は開けられる。並んだ飯と参列者の期待が冷める前に、名も無き女神はクレーターの中心に立った。




「それではーっ! 新郎新婦のご入場です!」


「女神様……、こんな出しゃばりだったかな?」


「緊張を紛らわす軽口なのは、わかってますよ。行きましょう、アヤトさん」


「あはは、バレてましたか。ハル、チェルシー、オレたちの間に入ってくれ。ふたりも家族なんだから」


「じゃあ我がふたりと手を繋いで……」


「ハルが、あたまにのる!」


「どうしてそうなるの邪ー!」


「まあ……これがさ」


「わたしたちらしい、ですね」




 円の外側から見守る者たちは、ふたりを万雷の拍手で祝福した。




「サリナ、アヤトくん。おめでとう。いやあ、夢のようだ!」


「おねえちゃん、きれいだよ!」


「村長、ポピー、村の人みんなも……。みんな、わたしたちを祝福してくれているんですね」


「世界は、思ったよりもやさしいのかもしれませんね」




 新郎新婦が円の中心まで歩くと、奇妙な話ではあるが、女神は牧師の真似事をした。




「あなた方に、長い言葉は不要ですね。アヤトさん、健やかなるときも、病めるときも、いつでも、ずっと、サリナさんと共に生きることを、神に誓いますか?」


「はい。誓います」


「サリナさん」


「誓います」


「ハルちゃんとチェルシーちゃん」


「はーい!」


「誓うといっても、なんの神に誓うん邪……。あっ、そう睨むでない! 誓うぞ、誓う誓う!」


「よろしい。では、誓いの言葉を!」


「誓いの……言葉?」




 これがきっかけで、新しく確立された文字の始まりの言葉は人間と同じになったのだ。そう、『あい』だ。




「わたしにも、ハルちゃんに言ったアレ、言ってほしいなあ。あなた?」


「あ、あなた……。ほんとにオレ、サリナさんと結ばれたんだ。わかりました……」


「アヤト、がんばれ!」


「グワハハ、口元がゆるゆる邪!」


「……よし。サリナーッ! 愛してるぜーッ!」


「アヤトさーんッ! わたしも、愛してまーす!」


「ハルもーッ!」


「わ……我も邪ーッ!」


「ここに新たな家族が生まれました、ふたりに溢れんばかりの祝福をッ!」




 子供たちを挟んで抱きしめあうと、再び割れんばかりの拍手がクレーターの周りを包んだ。



「おめでとう、アヤト殿!」


「アヤトくんたちも幸せなってや。アタシらみたいに!」


「もう、イズミちゃんたら。おめでとさん、アヤトはん」


「おめでとうゴブーッ!」



 みんなが笑いあい、みんなが祝福していた。このとき、世界は初めてひとつになっていた。



「さて、ブーケトスをしましょうか」


「お花がないけど……」


「おらに任せといてよお。久しぶりだねえ、ニンゲンさん。この前はありがとね」


「うおおッ、アルラウネが地面から生えてきた!」


「幸せそうだねえ。このお花も、みんなに届けてあげて?」


「かわいい知り合いが多いですね、アヤトさん。きれいなお花、ありがとう」




 彼らのために鐘は鳴った。彼らのために花は咲いた。ただひとつ、ありがとうと伝えるために。




「投げますよ……。それ! ってやっぱり届かない!」


「かーちゃん、ハルも、きょうりょくするぞ!」


「おおっ、デカい風だ!」


「だが花びらがほとんど散っておるぞ! これはこれできれい邪がな、グワハハ!」


「落ち込まなくていいぞ、ハル。一輪残ったから!」


「ハルちゃん、ありがとうね!」




 神話と言っても差し支えない奇跡の宴の主催者は誰か? ここまで読んだカンのいい方なら、ご存知だろう。




「さて、みなさんお待ちかねでしょう。お酒の準備を! 乾杯のあいさつは代表して、新郎のクサビ・アヤトが行います!」


「えっ!? こういうのって、誰かやってくれるんじゃないの!?」




 そう。あらゆる種の言葉を翻訳し綴った『世界言葉大辞典』、その最初の著者である、クサビ・アヤトだ。




「みんな待ってますよ、あなた」


「アヤトー、がんばれー!」


「グワハハ、酒を呑まなくても、ずっと顔が赤い邪ないか!」




 彼と彼らの家族の功績は言うまでもない。異なる言葉を、文化をわかりあい、世界はまるで大きな空のように繋がったのだから。




「もう待たれへん、はよ乾杯しよ!」


「こら。下品よ、イズミちゃん」




 彼の寿命が尽きても、夢は子供が受け継いだ。




「ブブッ! 楽しいゴブね。生きててよかったゴブ!」




 その繰り返しの果てに、ついにそれは完成したのだ。




「やった、一輪届いた!」


「えーっ!? 姉さん嫁にいきたいのお!?」




 世代を受け継いだ偉業の達成とともに、我輩は彼と友人であるコトに誇らしく感じる。




「ほら、みんな乾杯の音頭を待ってますよ」


「女神様、急かすのはズルいですよ!」


「アヤトさん、がんばって!」


「えー……、こんなにも祝福していただき、ありがとうございます。みんなが親切にしてくれたから、オレはここに立っていられます」


「アヤトくーん、飯が冷めるでー!」


「喋ってる途中なのに! はいわかりましたー。ではみなさま、グラスをお持ちください――」




 邪神の夢を叶えたコトで、実現した結婚披露宴。その煌びやかな思い出を簡単に記録した。






「……あれ、懐かしいもの読んでるね、パパ」


「セリザ、おはよう。最近、眠りが浅いんじゃあないか?」


「寝てるとね、見ちゃうんだ。そのときの夢を。楽しかったよね。何百年経ってもさ、思い出は色褪せないよ」


「我輩もだ。どうしても、切なくなってしまう」


「みんなが生きた証が、この記録と大辞典なんだよね。大事にしなきゃね」


「思い出になれず、ひたすらとり残されるのだから。まったく嫌な役目だな、不老不死というのは」


「でもさ、みんなのおかげで、いい世界になったよね。世界中が笑いあって、支えあって生きて、好きなヒトと結ばれて。そんな世界を見られるのは、とっても幸せだよ」


「それは違いない。……なあ、アヤトよ。君の言葉としての夢が、未来に届いたのだ」


「いやー、めでたい気分になっていましたな。パパ、乾杯しよ?」


「ふむ、いい提案だ。酒もじゅうぶん寝ただろう。一番いいものを開けるか」


「さんせーい。乾杯の音頭はいつものでいいね?」


「うむ。では――」




 結びは、大辞典のそれと同じ言葉で締めたいと思う。






「――永き世に、会話あれ!」









    大空のバベルサマナー  完

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大空のバベルサマナー 〜二度目の人生は超高性能翻訳スキルを駆使して異世界に平和をもたらしつつ幸せな家庭を築きたい!〜 ももすけ @momosukesoudara

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