第40話 まるで空のように

「おもい、もうだめー!」


「ありがとう、よくがんばったな!」


 邪神に続いて、オレとハルも空から落っこちる。空中で暴れているハルを抱きしめ、助かるのを祈るしかない。


「でっかいあな、あいてるぞ!」


「おおッ、マジだ!」


 邪神を落としたから、凄まじい大きさのクレーターができた。ダダッピロ大草原が燃えたときより、とんでもないコトになっている。


 まあ、そのクレーターに猛スピードで近づいているワケだが。


「ぶつかるーっ!」


 ハルが叫んだとき、落下速度が遅くなった。おかげでふわりふわりと地上に降り立てた。


「誰のおかげなんだろう?」


 クレーターの外側で、みんながジッと見ている。誰も助けてくれた感ないけど……。


「あー、おほん!」


 わざとらしい咳払い。振り向くと、女の子がいた。ドクロをあしらった黒いワンピースを着て、頭にツノの生えてる、若干目つきの悪い女の子。見たコトないぞ。


「我のおかげぞ?」


「あれ? もしかして……」


「我に助けられてしまったな。もうおまえは我が信者同然邪ぞ、グワハハ!」


「ありがとうな、助かったよ。ほら、ハルもお礼言いな」


「あんがとー!」


「こ、この! 邪神に向かってふたりして頭をなでるでないわ!」


 赤面してる。ツノは生えてるけど、ホントに人になったんだ。にしても女の子になったのは衝撃だけど。


「みんなのところに行くか」


「では、対価としておぶってもらおうか。グワハハ、しゃがむがよいわ!」


「しょうがないな」


 オレはしゃがんで背中に手を向けると、すぐ乗ってきた。


「あー! ハルのとくとーせき!」


「ごめんな、ハル。おねえちゃんだからガマン。なっ?」


「おねーちゃんだから、しょうがないな!」


「だからって我の頭に乗るでない!」


 両手も塞がってるし、子供とはいえふたりぶん乗ってるから重い。足場も悪いから登っていく。


「グワハハ、ご苦労だったな!」


 登った先では、みんな冷たい視線を元邪神に向けている。


「コイツのせいで、俺の家族は!」

「ブブッ、報いを受けるべきゴブ!」

「ドチビが……!」


 人が、ゴブリンが、エルフも、それぞれに刃のような言葉を発している。


「ひいいッ!」


 背中から降りた元邪神は、すぐさまオレの足にしがみついて隠れた。そしてハルは、オレの空いた肩に乗る。


「わ、我はもう邪神ではないぞ! ニンゲンとして生きるの邪!」


 ついさっき邪神って言っていたのは触れないでおこう。……というか種を超えて言葉がわかるのか? 神様の名残りかな。


「なんで殺さなかったんだよ!」

「ニンゲンだって脅威ゴブ!」

「ボボォン!」


 罵声が止まらない。言葉がわかるのは、こういうときにつらいよな……!


「コイツも反省している。口に出すな、せめて心の中で言ってくれ!」


「こんなに、こんなにつらいのか!? 恨まれるというのは!」


「オレが……オレが引き受けるから、おまえは絶望しちゃダメだ!」


「アヤトー、もう、たたかわなくて、いいんじゃないのか?」


 罵声が止まらない。邪神は突然現れて奪ったんだ、みんなの気持ちもわかるだけに、オレも強く言えない。でも、もう戦う必要はない、言葉は関係を別つものじゃないだろう!


 そのときだった。歌が聴こえてきた。こわばった精神状態がほぐれて、包み込まれる気分になる。みんなも落ち着いたようだ。


「アヤトさん、お帰りなさい」


 サリナさんはオレの冒険の終わりに、いつも歌ってくれた。この歌声に、また救われた。


「いつもありがとうございます、サリナさん」


「アタシからもおつかれさんや。邪神はともかくな、アヤトくんを責めちゃアカンよ。なあ?」


 イズミさんが頷きながら、肩を叩いてきた。


「アタシらのコトは心配せんでええよ。今な、長老がシバいてるから」


「というかなあ、ウチらだって関係を直したんやから。この邪神ちゃんだってやり直してもええやんか。なあ?」


「ミヤコさん……」


「リーダーとして命じるゴブよ。恩人にとやかく言うなゴブーッ!」


「ゴブ夫……」


 どんなに言われても、結びついた縁が守ってくれる。こんなにうれしいコトはない。みんなも理解して静かになってくれた。


「今度は……おまえが勇気を出す番だぞ、チェルシー」


 オレは元邪神の肩に手を置いた。


「な、なん邪。そのチェルシーって」


「名前だよ」


「名か。我はついに、名をもらえたの邪な……」


「今は人間になったけど、やったコトには謝らないとな」


「わ、我はもう邪神ではない邪ろ? 人間のチェルシー邪。だ、だから……」


 声が震えている。意地で謝りたくないとかよりも、怖さがあるようだ。


「がんばれ。オレがそばにいるから。なっ?」


「ハルも、いるぞ!」


「うぅ……」


 やがてチェルシーは、勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさーいッ! 我は、生きるモノたちを絶望させて復活を目論み、そして滅亡を企てていましたッ!」


 改めて言葉にすると、とんでもないコトしてたんだな。今はちんちくりんな見た目だけど。


「でも! 昔からいつもいつも、野望が人間に阻まれるうちに、人間の強さと弱さにあこがれた挙句、人間になりたいって夢が叶ったの邪!」


 やっぱり神様だって願いは叶えたいんだよな。なんで小さい娘の姿なのかはわからないけど。


「我は神のチカラを失った故、もうあんなコトはできぬ。これはウソではない! みんなの関係を壊した我を赦しておくれッ!」


「よくがんばったな。えらいぞ」


「さすが、ハルのいもうと!」


 オレはチェルシーの背中を抱きしめた。ハルも頭をなでている。震えは止まった。あとは、この沈黙をどんな言葉が破る?


「誠意をありがとう。私はあなたを恨まない」

「ええんやで、そんな頭下げんでも」

「ブブッ、許すゴブー!」


 ミオンさんを始め、それぞれの種を代表し許してくれた。そのあとにはなにも続かず、また沈黙が訪れた。この沈黙は許すという総意とみなそう。


「みんな、許してくれるってさ」


「い、いいのか……?」


 ミオンさんとイズミさんとゴブ夫は顔を見合わせた。


「だって、生きてりゃなんとかなる。でしょう?」


「きっとこの言葉が、おまえたちの強さなの邪な……。我を赦してくれて、ありがとう!」


「よっしゃ! ほんじゃ仲直りのあとにやるべきコトしよか!」


「やるべきコト……?」


 そのとき、青空から轟音が響いた。まるでヘリコプターのような……。


「な、なにあれゴブー!?」


 プロペラのついた船が空を泳いでいる!


「アルカトラ王国の飛空艇!?」


「ミオンさん、あれは軍艦かなにかですか?」


「いえ、王族御用達の飛空艇です。なので兵士もついていますが」


「なるほど。そりゃいい!」


 飛空艇がゆっくり着陸して、続々と兵が降りてくる。


「敵は? なにか必要なモノは!?」


 オレに苦笑いを浮かべたあとで、ミオンさんが前に出た。


「では、酒と食べ物を!」


「は?」


「アヤト殿、そうでしょう!」


 オレはそれでゴブリンとエルフと仲を交わしてきた。口実はともかく、盛り上がろう!


「みんな! 宴の準備だ!」


「「「オオーッ!」」」


 今こそ、みんなで繋がるんだ!

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