第39話 星に願いを!

 邪神を追い、風に乗って翔けてゆく。息がしづらいとか、寒いとか、そんなの関係ない。神の下へ行くには。


「うわーっ!」


 肩にツメをくいこませてるハルも、離さないようにがんばっているみたいだ。ビビってないかな?


「すごいたのしーっ!」


 絶叫アトラクションを楽しんでいる感覚みたいだ。心配には及ばずか。


「アヤトー、ほしに、おいつくぞ!」


 ハルの言う通り、それにしてもホントにゆっくりだな。


「グワハハ! これは驚いた!」


 邪神のほうも気づいたみたいだ。星状態のまま喋ってる。


「あれで決着はついたカタチだった邪ろうに、余計な茶々を入れてくれるわ!」


「いや、決着はまだ……。って、ちょっと待って!?」


「アホか! おまえが速いのだ!」


 ヤバい、追い越しそうだ。このままオレも星になっちゃう!?


「アヤトー! ふぬぬーっ!」


 ハルがオレの両肩を掴んで翼を広げ、減速させたみたいだ。めっちゃ肩痛い。


「ハル、ムリするなよ!」


「へーき、へーき!」


 ハルががんばってくれてるおかげで、邪神と並走して話せるな。


「我を追い詰め、殺す気か? 残念なニュース邪がな、神は死なん!」


「それはウソでもホントでも、どうでもいい」


「ほう?」


「おまえを人にしてやる」


「……なん邪と?」


「おまえ、ちょっと前に羨ましくもあるって言ってただろ」


「言ってた? 我が?」


「言ってた言ってた」


「ウソをつけ! 我が言うワケない邪ろうが!」


「いーや言ってた! ゼッタイに言ってた!」


「ふたりとも、こどもみたい」


 子供に言われてしまった。大人と神の立つ瀬がないな。


「ずっと孤独なのもしんどいだろ。女神様にあしらわれてたけど、もしかして他の神様にもあんななのか?」


「やかましいわ、我は邪神ぞ? 邪神を全うしているだけ邪!」


「悪である限り孤独なんて言ってないで、生まれ変わるのもいいんじゃないのか!」


「ニンゲン如きが邪神を唆しおって、おまえに神のなにがわかるのだ!?」


「神様だってッ! 誰かに願いを聞いてもらいたいだろ!?」


「なッ……!?」


「オレは邪神に勝ってほしいって女神様の願いを叶えた。次はおまえの願いを叶える番だ」


「グワハハ、思わず絶句したわ!」


「アヤトー、やっぱり、へーきじゃないかも……」


 ハルの足が震えてるのが肩に伝わってくる。これ以上はムリをさせられないな。オレは叶の字を召喚した。


「これ以上、我を惑わすな!」


 邪神はスピードを上げて、空へ昇ってしまう。ダメだ、十の剣が届かない!


「もうむりーっ!」


 ハルが足を離すと、とんでもないスピードで落下する。邪神は迷ってそうだった。もう、ノーチャンスか……。


「あれ? かぜが……」


 落下し続けていると、足元から風が吹いている。追い風だ。それもかなり強いぞ、オレたちを軽々と持ち上げた。


「とばされるーっ」


「大丈夫か!?」


 溺れてるようにバタバタしているハルの翼を掴むと、ハルは泣いていた。


「え? あれ? なみだが……」


 ほんの一瞬だけ太陽を背に、空に羽ばたく大きな人影が見えた。それはなにも言わず、森の中に消えていった。


 こんな風を吹かせられるのは……彼女しかいない。


「ハル、風はなんて言ってた?」


「えへへ。……ないしょ!」


「そっか」


 ハルは涙を浮かべながら満面の笑顔で答えた。そうか、オレたちを助けてくれたんだ。


「ともあれ、これで邪神に追いつくぞ! ハル、しっかり掴まれー!」


「あいあい!」


 飛んで飛んで、空の青さが深みを増してきた。そこに浮かぶ赤い星はよく目立つ。


「待てや邪神!」


「どうしてまた浮上してくる!?」


「オレにはまだ、心強い味方がいたんだな、コレが!」


 邪神の星が目下に来たぞ。


「ぐぬぬッ。もうなにも言うな。追うのをやめろ、唆すのをやめろ! 我はおまえの寿命が尽きるまでは攻めんぞ!」


「どうせまた負けるくせに!」


「強い個でなく、団結した弱者の、その中心にやられるとは思わなかっただけ邪! 今度こそ征服して、生物を滅ぼしてやる!」


「また独りになるだけじゃねえか!」


「それが邪神の生き様よ! ああ、そう邪。我など……我などッ!」


「産まれるべきじゃなかった、なんて思うなよッ!」


「うぐッ……!」


「アヤトー、おいこしたぞ!」


 ハルは再びオレの両肩を掴み、翼を広げ、減速してくれている。


「オレだって、そう思ったコトはいっぱいある。前は誰にも肯定されない人生だったし、愛されもしなかった」


「なにが言いたい!」


「だけどな。……生きてりゃなんとかなる!」


「グワハハ、無責任で軽薄な言葉邪! それが支えになるとでも!?」


「責任はとるさ。オレが支えるよ」


「えっ? ヤダ、なに急に……」


「オレがおまえを愛するから。独りにしない」


「グワハハ……。責任などと言うとは、どこまでも自罰的なニンゲンよ」


「今だ! ハル、離してくれ!」


「あいあい!」


 明らかに隙ができた。オレは落下しながら邪神のそばに寄り、再び叶の字を召喚。そして十の剣をブッ刺す!


「ぐわあああっ!?」


 得物をブッ刺したまま、オレと邪神は落下し続ける。


「グワハハ、ときめいて損したわ! この速度で落下すれば死ぬぞ!」


「心中するのもいいかもな」


「我は死なんと言ったばかりなのに、死ぬのはおまえだけ邪ぞ! 志半ばで燃えカスになるのは悔しかろうに!」


「でも、産まれるべきじゃなかったって思っても、どうせ最期にはこう思うモンだよ。なんだかんだで、産まれてきてよかったって」


「それが、ニンゲンの生き様か……」


「ってなワケで、後で会おうぜ」


 オレは邪神に刺さった十の字から手を離すと、ハルが両肩を掴んでくれた。


「ウソつきおった! やはり我とは遊びであったかーっ!」


 邪神の星は炎を纏い、地上へと落ちていく。地上からは、どんなふうに見えているんだろう。



* *  *



「邪神の星が降ってくるぞーッ!」


――その日、世界各地で流星が見られた。朝方だというのに、太陽よりも目立つ、赤い尾を引く流星が。


「こんなんボクらでも止められん。みんな逃げろや!」


「アヤトくん、なにやったん!?」


 青空を一瞬で駆け抜けたそれに由来して、ある伝説が生まれた。


「しゃがめーっ。すごい衝撃だ!」


「ブブーッ! 吹っ飛ぶゴブー!」


 それは、流れ星に願い事を唱えるコト。そうすれば、その願いは叶うという、今では当たり前の俗信だ。


「ダダッピロ大草原が跡形もなくなった……。ルーク、見に行くぞ!」


「はい姉さんッ!」


「わ、わたしも行きます」


 なぜそんな俗信が生まれたのだろうか? こんな由来があるという。


「地面にこんな穴が空くとは。砂ぼこりもひどい」


「よく見ろ。人がいるぞ!」


「ア、アヤトさんですか!?」


 その星は、人になりたい神だった。星が流星となり地上に落ちたとき、その願いは叶ったという。


「……いててて。やはり我は死ななんだか! ニンゲンども、恐怖せい。我は帰ってきたの邪、グワハハ!」


「「「誰? あの女の子……」」」


「うん? え? な、なん邪、この身体はあああッ!?」


 ウソかマコトか、いずれにせよ、遠い昔の伝説だ――

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