第38話 ふたりの娘、ハル

「ほう、この戦いを止めるとな。グワハハ、大きく出たのう! さっきまでは影薄かったのに!」


 サリナさんの目は爛々と輝いている。エルフたちみたいにこんな自信に満ちた表情、見たコトない。


「して、どんなチカラを授かったん邪? 見せてもらおうか」


 サリナさんは手を組んで、息を吸う。すると五条の傷が淡く光を放ち始めた。


「いったい、どんな魔法が……?」


 ミオンさん、メルさんも固唾を飲んで見守る。やがて、サリナさんは小さく口を開いた――



   〜♪







             〜♪






 〜♪





 歌だ。サリナさんは歌い始めた。オレが初めて出会ったとき、そして仲良くなったとき、枕元で口ずさんでいた歌を。


 これを聞いて寝ると、よく眠れたんだ。


「この歌……懐かしいわ」


「母さんが歌っていたのを思い出す」


 これはきっと、愛の歌。子供の無事を祈り、健康を祈り、そして大事に思う母親の思いが込められた歌だ。


「それがなんだと言うの邪!」


「いや、よく見ろ」


 邪神に操られていた冒険者たちも、エルフも、モンスターまでもが動きを止めている。


「この歌、ママも歌ってたよね?」


「うぅ……セシリアーッ!」


「あらら。パパ、泣いちゃった」


 そして、ハルも。目の色が緑色に戻ってきている!


「……かーちゃん」


「ハルちゃんも泣いちゃった」


 操られた生命は、歌のチカラで我を取り戻しているぞ!


「よもやここまで影響力があるとは。歌うのをやめろッ!」


 邪神はオレの叶の剣から手を離し、サリナさんに剣を振りかざした。


「歌のおかげで手ェ空いたわ!」


「ウチも大昔に聞いた気ぃするなあ」


 間一髪のところでイズミさんとミヤコさんが守ってくれた。


「邪魔をするでない!」


 オーラでエルフのふたりを吹き飛ばし、再び剣を振りかざすも、今度はルークとミオンさんが受け止めた。


「おまえが邪魔なんだ、このドグサレ邪神がッ!」


「姉さん最高ッ! 姉さん最高ッ!」


「キサマらもやかましいわッ!」


 再び同じコトをすると、今度はヴェルドさんとサリナさんが身体を張って止めてくれた。


「邪神よ。絶望を覆すものは圧倒的な力ではない」


「思いがあれば、だよね。たぶん」


 こんなに仲間が守ってくれていたんだ、オレも加勢するぞ!


「いや、手助けはいらん。今こそ好機だぞ!」


「ハルちゃんを助けてあげてー」


「みんな……ありがとう!」


 みんなに任せっぱなしで悪いけど、これだけはオレがやらなくちゃ!


 愛の歌でみんな手を止めてる。だから洗脳を振り解くのに必要なのは、もっと大きな愛!


「クサビ・アヤトよ! 心をド真ん中に受け止めてこそ愛なのだッ! 娘に伝えろ、愛をッ!」


「先輩風吹かすね〜、パパ」


 不思議だな、愛って字も受けるに心が入っている。いいアドバイスをもらった!


「ハルー! 愛してるぜーッ!」


 意図してなかったけど、異界語召喚士バベルサマナーのチカラで愛という字が現れた。それはハルの胸に溶け込んでいく。


「あ、ア……アヤト?」


「そうだ、オレだよ。ハル、きれいになったな」


「……アヤト〜っ!」


「あれ、元に戻った」


 ハルが子供の姿に戻ってオレの胸に飛び込んできた。抱きしめて頭をなでていると、オレもなんだか泣けてきた。


「はなれてごめんね。ハルね、やっぱりさびしかった!」


「怒っちゃいないよ。無事に戻ってきてくれてよかった」


 ハルはひとしきり泣いたあと、早速オレの肩に乗ってきた。やっぱこうだよ。この重さがなきゃ。


「なんというコトだ! 我の全力を使って操ったダーク・レディまでも解かれるとは!」


「ハルは、ハルだ!」


 操られていた冒険者たちも、完全に洗脳から放たれたようだ。夜空は白け、朝が近づいている。


 サリナさんは歌い終えると、オレのほうを向いて微笑む。その傷はもう光らない。


「郷愁の神様が、チカラを授けて下さったんです。見つけてくれて、ありがとうって……」


「サリナさん。みんなのために、ありがとうございます」


 満面の笑顔を見たからか、ハルがオレの肩を離れ、サリナさんの元へ飛んでいく。


「えーと……えーと」


 ハルはもじもじしている。きっと嫌がられたのが、まだ記憶に残ってるんだろうな。でもサリナさんのほうから近づいて、両腕を伸ばした。


「おいで、ハルちゃん」


 なにも言わず、サリナさんの胸に飛び込むハル。誰かに甘えたかったのかな。


「さっきはごめんね、来ないでなんて言っちゃって」


「いいの! もう、きにしない!」


「ありがとう。……ねえ、ハルちゃん。わたしがあなたのお母さんになってもいいかな?」


「あたらしい、かーちゃん?」


「うん。わたしもね、アヤトさんのそばに、ずっといっしょに居たいんだ」


「……ねるとき、うたってくれる?」


「もちろん」


「やった!」


 ハルとサリナさんの仲直りもできた。残るはあっけにとられてる邪神を追い出すだけだ。


「グワハハ! 歌ですべてひっくり返されるとは予想だにしておらんわ!」


 洗脳から解かれたモンスターたちも森の中へ帰っていく。草原を埋め尽くした凄惨な戦いはもうない。


「おまえの味方はもういないぞ」


「悪とは勝たねば常に孤独の存在。孤高の頂点に立つからこそ、我が邪神たるゆえんよ!」


「……そうか」


「まぶしいモノを手にしたおまえが我に同情しようというのか? グワハハ、千年早いわ!」


「じゃあおまえは……負け続けてるってコトなのか?」


「やかましい、折れない心を評価してほしいのう!」


 邪神は膝を折り曲げ、チカラを溜めているようだ。


「邪がまあ……。我をここまで追い詰めたのは称賛に値しよう。まだおまえたちニンゲンを生かしておく価値はありそう邪」


「負けそうだからって、急に神ヅラしてくるなよ」


「グワハハ、バレたか。また時が経ってから我の世界征服計画を実行してやるわ! そのときおまえたちは生きてはいまい!」


 折り曲げた膝をピンと伸ばして大ジャンプをかますと、邪神は頭を軸に回転し、赤い星になった。


「いや、もしかしたら忘れた頃にまた来るかもしれんがな……。そのときまで震えて眠るがよいわ、グワハハ!」


 赤い星と化した邪神は、ゆっくり明け方の空に昇っていく。


「……我々は勝ったのか」


「アタシらが神を追い出したんや!」


 ミオンさんとイズミさんの一声に、洗脳されていた冒険者は歓喜に沸く。いや……でも、まだだ!


「オレは追撃する!」


「「ええッ!?」」


 みんな声を上げて驚く。そんなに驚くコトか?


「またいつ邪神が来るかビクビクするのはゴメンだ。叩けるうちに叩く!」


 本音は違う。少しだけ、少しだけ邪神と話してみたいだけだ。


「ほんじゃ、空にかち上げればええんやな。アヤトくん、風起こすで!」


「アヤトー!」


 ハルがサリナさんから離れ、肩に乗ってきた。


「ハルもいくー!」


「しっかり掴まっててくれよ!」


「アヤトさん。……待ってますから」


「いってきます、サリナさん!」


「落ちてくるときもアタシらに任しとき。ほんじゃ飛んでけや、突風魔法、『六孔颪』シス・ラファール!」


 突風に乗って、青くなった空に飛ぶ。もう星は見えない。空に映るのは、雲とまぶしい太陽と、邪神の赤い星だけだ。

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