第37話 妻、サリナ
言葉で結んだつながりが、ほんの一瞬で崩れている。やめてくれ、仲間同士で争わないでくれ。そんなの見たくない。
「グワハハ、相当絶望しておるな」
そりゃするさ。だからこうして、ナの字を構えるだけでやっとなんだろ。
「アヤトさん、大丈夫ですか!?」
ごめん、サリナさん。もうなにも見たくないんだ。オレは最低だ。いい出会いに恵まれたのに、今では後悔している。
「むむ? なにか来るのか……?」
オレは結局、どんな世界に産まれても、こう思うのかもしれない。
「まだ仲間がいるのか!」
そう、産まれるべきでは――
「そいつはなんだ! ニンゲンッ!」
「――えっ?」
なにも見ていなかった。我に返ると、オレと邪神の間に、大きなマントを羽織った人がいる。
「世界よ、ずいぶんと騒がしいじゃあないか。そしてその中心には、いつも貴公がいるようだ」
「ヴェルドさん!」
「やっほー、ハルパパ。セリザもいるよ。血、ヤバいね。もったいない」
吸血鬼のヴェルドさんと、マントから娘のセリザが来てくれた。
「あの大人のハーピーってさ、もしかしてハル?」
オレは黙って頷いた。
「やっぱり。そんなに寝てないハズなのになあ」
「我が操り、成長させたの邪!」
「うわ、悪趣味」
「物見遊山のつもりであったが、認識を変えよう。我輩が貴公の盾になる」
「ど、どうして」
「キサマからは来ないのか!」
「その役目ではない」
邪神は無から剣を握り、いきなりヴェルドさんに突き刺した。しかし鍔を握り笑っている。
「クク。我が不死にも、意義を見出せそうだ」
「不死とな。ではキサマもか!」
「ぐぶぇあ」
「セリザ!」
セリザも刺されてしまった。けれど口から血を吐きながらも、顔色を一切変えない。
「まあ死なないけどね。でもハルちゃん、心配してくれてるのかな」
「ふむ。風が弱くなった」
「セリザが刺されていればさあ、元に戻るかな?」
「滅多なコトを言うものでない。怒りを抑えるので精いっぱいなのだから」
「はーい。ごめんなさい、パパ。全滅させかねないもんね」
剣を抜き、邪神は腕を組んで唸ったあと、少し顔を上げ大笑いした。
「キサマが来られたのは、空が暗かったから邪ろう? この真っ暗な空は絶望ムードにするため邪。我がやったコトよ」
俗に言われている、吸血鬼の弱点って……。
「太陽の下で、キサマらも絶望せよ!」
空のとばりが引かれ、徐々に元の空へと戻っていく。邪神は太陽の光で撃退するつもりだったのだろうが……。
「星がきれいだね」
「グワハハ、ぬかったわ。まだ夜であったか!」
「ちなみに太陽を浴びても死なんぞ」
「弱点のない吸血鬼など卑怯がすぎるわ! もうよい!」
邪神が両手を合わせると、ドス黒いオーラが全身に集まり、陽炎のように空間を歪ませる。
「ダーク・レディよ、そのニンゲンを殺せ! その鳥足で潰してしまうの邪、グワハハ!」
邪神から放たれた黒い霧が、ハルを包んだ。必死に頭を振っていたが、ピタリと止まり、オレを見据えている。
「おまえ自身はヘナチョコ邪が、我はおまえを脅威とみなした。娘に潰されてしまえ!」
鋭いツメを備えた巨大な足が、オレを目がけてきた。この足が、オレの肩を乗っていたのに……。
「重い一撃だ……!」
「ハルちゃーん。あそぼー」
潰されるのを覚悟したが、ヴェルドさんが盾になって、ハルの足を抑えている。セリザもだ。
「みんな、どうして……!」
「自分のせいだって思って、勝手に絶望してんじゃねえよバカ!」
ルークの声だ。冒険者たちと戦っているその剣はまぶしく輝いている。
「姉さんもいないのに、こんなにがんばってるんだぞ! 絶望すぎる!」
「ルーク……」
「アヤト殿、やっと追いつきました!」
「ミオンさん……」
「うおおおお、姉さーんッ!」
ルークの剣の輝きが、さらに増した。頭上の星も光っている。
「ひどいケガ……! すぐに治しますからね!」
ミオンさんの指パッチンで、足が全快した。ウソのように痛みがない。
「空は晴れ、神様が見守っておられる今が巻き返すとき!」
「そう、神は邪神だけではない。あなたの神を探して」
「メルさん……」
みんな来てくれている。誰もめげちゃいない。
「アヤトくん、アタシらを変えた言葉のチカラ、もっぺん見せてや!」
「期待してるからな〜」
「イズミさん、ミヤコさん……」
「ブッブー! アンタはここでめげるニンゲンじゃないゴブよ!」
「ゴブ夫も無事だったか!」
ずっと隣にいてくれるサリナさんが、手を握ってきた。オレも握り返す。
「わたしもついています。いっしょに立ちましょう、アヤトさん」
「……はい!」
「グワハハ、やはりニンゲンは厄介者よ。生きている限り立ち上がり、団結する……。羨ましくもある生き様よ」
オレは仲間に頼りっぱなしだ。そして活路を見出すときだって、こうして祈ってきた。
「なにをするつもり邪?」
「助けて、女神様ーッ!」
「いやこの流れで他力本願とはダサいぞ! グワハハ!」
数多の星がまたたく空に思いを込めて。しかしなんの反応もない。
「あのー、女神様?」
「満足か?」
「してない!」
「では死ぬがよいわ!」
「簡単に死んでたまるか!」
叶の字を召喚して、口の盾で攻撃を防ぐ。さすが邪神、今までのどんなヤツの攻撃よりも強い。
「そんなヘンテコな得物で!」
「これは叶うって意味の字だ!」
「ではおまえの夢とは!?」
「世界を旅して、いろんな種族の言葉を紡いだ辞書を作る! そしてハルを娘に迎えて、サリナさんを嫁にするんだッ!」
「グワハハ! プロポーズまでして、まるで空のように大きな夢邪な!」
邪神の攻撃を跳ね返せた!
「ア、アヤトさん……」
「サリナさん、いきなり――」
「さっきから声がするんです」
「サリナさん!?」
「グワハハ、聞いてなかったではないか! ……気の毒に」
「だから邪神が同情してくんな!」
「見つけてっていう、声が」
「も、もしかして!」
星詠みのメルさんが素早くサリナさんの元へ駆け寄った。
「それは神の声よ。空を見上げて!」
「星が呼んでる……?」
「無数の星から、あなたの目で見つけるの!」
「わたしの目で……!」
サリナさんは前髪をかき上げ、夜空を仰ぐ。
「エゲツない傷邪。冒険者でもこんなひどい顔はおらんぞ、グワハハ!」
「なにがおかしいんだよテメエ!」
オレは叶の十の剣で邪神を攻撃するも、剣で受け止められた。
「ひどい顔なのは、承知の上です。こんな傷だったなんて、目が見えるようになったとき、驚きました」
サリナさんが鍔迫り合いしているところに近づいてくる!
「離れて! 危ない!」
「でも、わたしは受け入れます! アヤトさんが、受け入れてくれるから!」
オレが止めている邪神の剣に、サリナさんは頭を振った。前髪が切れ、五条の傷が露わになった。
「グワハハ。聞いていたみたいだぞ、よかった邪ないか」
「サリナさん、ありがとうッ!」
「だが女ニンゲン、ダイナミック散髪をしたとて、なにができるというのだ!」
「この戦いを止めます。……神様から授かったチカラを使って!」
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