第36話 自罰は禊

 邪神が操り仕向けたモンスターたちは、見るからに劣勢になっている。邪神の加護を得るとパワーアップするハズだが、エルフたちの地力やゴブリンの発明のほうが強いようだ。


「あッはぁ! 久々に大暴れできて楽しいわ!」


「ゴブたち、手を休めちゃいけないゴブよ。サラマン大砲だいほう、発射ゴブ〜!」


……よく彼らと友達になれたなあ、オレ。めちゃくちゃ頼もしい。これも言葉を通わせられるスキルを授けてくれた女神様に感謝だ。


『なんというコトだ! 最強のニンゲンまでも情にほだされるとは!』


 ルークの活躍もあって、操られていた冒険者たちも心変わりしようとしている。形勢は有利に傾いているから、ここで強気に出よう。


「おまえも姿を現してハルを返せ! どうせ祈祷場にいるときより弱いから、出てこないだけなんだろ!」


『浅はか邪のう、我は待っているだけよ。そう、絶望の成長を!』


「成長……?」


『聞こえてくるだろう、ソレが!』


 草木がざわめき、身体が冷えてくる。風だ。風が強く吹いてくる。


『グワハハ、おまえは向かい風に立っていられるかな!?』


「なにを言って……!」


 ワーロ・ハーク神殿の陰からなにかが飛び出た。大きな翼を携えた人影だ。こちらに一直線に向かってくる。


「アヤトさん、あれ!」


「ハーピーだ! ハルの母親を操りやがったのか!?」


『惜しい、ハズレ邪!』


 シルエットが明確になったところで、オレの胸がつんと痛んだ。ありえないと思いながら、しかし確信せざるを得ない。身体が大きくなっても、眼差しは冷たくても、面影がある。


「ハル……? ハルなのか?」


 空中に留まるハーピーは、なにも言わない。代わりに邪神が応えた。


『正解邪、ニンゲン。我は神ぞ? 成長させるのもたやすいわ!』


「どうしてこんなコトをしたんですか……」


『娘の成長した姿をいきなり見せられれば、それは絶望する邪ろう! かわいいときがあっという間に終わったん邪ぞ、グワハハ!』


「嫌がらせの仕方が陰湿すぎやろ」


『だが今は我のしもべよ。ゆけい、ハル改めダーク・レディ!』


「ネーミングセンスも絶望的ゴブ!」


 ハルは見る影もない大きな翼を羽ばたかせ、立つのもやっとなくらいの強風を起こした。サリナさんを支えるくらいしかできない。


「……きれいになったな、ハル。いつかかーちゃんみたいなでっかい風、起こしたいって頷いてたよな。でも、今じゃないだろ! オレに向けてやるコトじゃないだろッ!」


 ハルは羽ばたくのをやめない。言葉までもが、まるで枯れ葉のように風に飛ばされているみたいだ。


「止めんとアカンなコレ……!」


「イズミさん、やめてくれ。ハルを傷つけるのだけは!」


「わかっとる、気持ちはわかる! だからアヤトくんが泣きそうな顔をしちゃアカンよ!」


「また散り散りになっちゃうゴブ〜!」


「これで形勢逆転邪な!」


 邪神が姿を現した。まばたきする間もなく、サカイ長老とキョウ長老が邪神に攻撃するも、ヤツはそれぞれの拳を受け止めている。


「アンタが邪神か。無愛想なツラやのう、気に食わんわ」


「そのヨロイ、打ち砕いたる」


「グワハハ、見事な連携よ。素肌に食らったらさぞ痛い邪ろうな」


「そら痛かろうよ!」


「我は素肌邪ぞ? 手加減してほしいもの邪!」


「「なにッ!?」」


 ふたりの長老は驚いている。


「我はなにも着ておらん! おまえたちエルフどもの葉っぱ一枚すら、我には厚着よ!」


「その見た目で」


「素っ裸やと……」


「えっ? 絶望した? ……グワハハ、嬉しい誤算邪!」


 ヤバい、長老の目が赤くなった! エルフの男たちもだ!


「それとゴブリンにも告ぐ! ついさっき、ネーミングセンスも絶望的と言ってくれおったな」


「急になに言い出すゴブか!」


「喜べ、おまえたちのサラマン大砲も大概だぞ!」


「そ、そんなゴブ〜! ……あっ」


 ゴブバーンの操縦が乱れたのか、翼に炎が被弾して煙が上がっている!


「墜落しちゃうゴブ! 総員退避ゴブ!」


「グワハハ、邪神流の褒め殺し邪!」


 ゴブバーンは炎をまといながら落下し、そして爆発した。なぜそんなコトで絶望してしまうんだ……。とにかく、みんな無事なのを祈るしかない。


「さてはて、ニンゲン……」


 邪神がオレに近づいてくる。ヨロイみたいな素肌をした、全裸な邪神が。


「我の恨み、晴らしてやるわ!」


 ヤツはすぐ後ろに回り込み、攻撃してきた。剣がオレの足を貫通している。痛みで倒れ込んだ。


「アヤトさん、血が……!」


「痛かろう、ばーかばーか! この突きはさっきのお返し邪! 素肌にブーメランを食らわせおってからに!」


 痛いし、風に耐えるのに精いっぱいだ。みんな戦ってるのに、なんて情けない。


「そうやって丸まってるのがお似合い邪! でもムカつくからもう一回刺しておくか、グワハハ!」


 目をつむっても、攻撃が来ない。


「女ニンゲン、退けい!」


「退きません!」


「もう一度言う、退けいッ!」


「退きませんッ!」


 まさか、サリナさんが邪神の前に立っているのか!?


「サリナさん、退いてください! 攻撃を受けるのは、オレだけでいいから!」


「アヤトさんも邪神に操られちゃったんですか? 違うでしょう!」


「でも、だって……!」


 心なしか風が弱くなった気がする。痛みを堪えながら立ち上がろうとすると、すぐ隣に邪神が音もなくワープして、座り込んだ。


「呆れるほど自罰的なニンゲン邪のう。よっぽど育ちが悪いと見えるわ」


「うるさいな! ……現に、少しでも反抗しなかったオレも悪い」


「グワハハ。そうか、当たりか! ……お気の毒に」


「クソッ! 邪神が同情するな!」


「そんな罰するのがお好きなニンゲンに、ひとつ選択肢をくれてやろう」


 邪神が立ち上がって手を叩くと、操られた全ての生命が動きを止めた。モンスターも、冒険者も、エルフの男たちも。


「おまえと女ニンゲン、ふたりで暮らしてもよいぞ。その代わり、我が操っている命が殺しあうのを無視できればのハナシ邪がのう! グワハハ!」


「それって……」


「そう。この大陸で生きるのは、おまえたちふたりになるワケ邪!」


「ほうっておけるワケがあるかッ!」


「まあおまえがなんと応えようが、我は実行するのみよ」


 サカイ長老とキョウ長老の拳のぶつかり合いを皮切りに、冒険者同士で、またはエルフとダークエルフ同士の争いが始まってしまった。


「見たくないものから目を逸らし、逃げるだけでよい。さすれば安住を補償してやるわ」


 安住、オレにそんな資格なんてない。


「オレが……弱いせいだ」


「あるいは、我が強すぎるというのもあるな。グワハハ!」


「弱くても、オレは力の限り戦ってやる。命に代えても」


 やっと片足に力が入った。立ち上がり、ジッと邪神を見据える。


「勝ち目のない戦いに挑んで力尽き、見たくないものから目を逸らすつもりか。……痛ましいな、生きづらいだろうに。逃げるのがヘタクソすぎるわ」


「ハル、見ていてくれ」


 反面教師としての生き様を。そしてサリナさん、ごめん。こんな身勝手を許してほしい。


 オレは……こんな地獄を見たくないんだ。

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