第35話 冒険者、ルーク
人はおろか、モンスターまでも率いる邪神の眷属に対するは、森の蛮族と恐れられた最強の民族・エルフたち。
操られたサラマンダーやゴブリンイーターは明らかにパワーアップしている。より強い炎、より伸びる剛腕はしかし、彼らには通用していないように見える。
「拍子抜けやんけ。ボクらを倒せるモンはおらんのかいな!?」
サラマンダーを殴ってミンチにするサカイ長老の前に、ひとりの男が割り込んだ。
「雷騎士レーン、参る……!」
「ニンゲンにしちゃあ少しはやるようやな。ええで、ボクが胸ェ貸したる」
ふたりの戦いは目に追えない。キョウ長老もモンスターたちに囲まれながら戦っている。ここで起きたゴブリンたちとの戦いとは規模がまるで違う。
『グワハハ、第二弾だ! ワイバーンよ、この戦場を空から荒らすの邪!』
暗空に亀裂が入り、そこから殻を破るようにワイバーンたちが次々と現れ、炎を吐きだした。
「サリナさん、盾に隠れて!」
オレは叶の字の盾を構え炎を防ごうとすると、魔法のように炎が一瞬で消えた。
「アヤトくん、ちょい寒いかもしれへんが、ガマンしいや!」
「でも、このままじゃジリ貧やね」
「ふたりとも、ありがとう!」
イズミさんとミヤコさんも合流し、風と水の奔流でモンスターたちの炎を防いでいるが、このままじゃ防御で精いっぱいだ。
なにか、オレにもできるコトはないか……。
「ブッブブー!」
ゴブリンたちの声が聞こえたと同時に、1匹のワイバーンが仲間割れを起こしている。それもふつうのヤツに比べて炎の威力が大きい。
「思い出すゴブね、懐かしいゴブね。ここでアンタと出会ったゴブよ」
見渡しても、ゴブリンは見つからない。いくら小さいからといって……。
「あのときはニンゲンに敵対心だけしか抱いてなかったゴブ。だけど今じゃ……不思議ゴブね。ニンゲンのアンタを守りたいゴブ」
「ゴブ夫、どこだ! どこにいる!」
「真上ゴブ!」
「……ワイバーンしかいないぞ!」
「そうゴブ、ワイバーンを造ったゴブよ!」
「造った!?」
「ゴブリンイーターの皮膚にワイバーンのウロコを何重にも貼り付けて、前に作ったサラマン
「マジかよすげえな!」
ぎこちなく翼をはためかせるゴブバーンは、黒板をひっかいたような咆哮をあげる。ここだけ残念だな!
「でもコレを動かすのにゴブリン200人が必要ゴブ。こんなにリスクがデカい兵器はこれっきりゴブね!」
ゴブバーンの重々しい口から吐かれたとてつもないド迫力の火柱が、ワイバーンを焼き尽くし、地に堕とす。
「ワイバーンのウロコまで燃やす火力とは、大したモンや。見直したで! たかがゴブリンなんて舐めたらアカンな!」
サカイ長老も舌を巻いて絶賛している。なぜだかオレも誇らしくなった。
「よそ見する余裕があるのか……?」
雷騎士レーンは攻撃を緩めないが、しっかり防いでいる。というか真剣を木刀でいなし、鍔迫り合ってる。どういうコトよ。
「なに言っとんねや。ああ、きっと褒めてるんやな。おおきに!」
「ニヤニヤするなッ!」
「そのヨロイ、重くないんか? もうちょい身軽になろうや。せめて顔くらい見せてみ?」
決着がつかないというか、つけようとしていない。拮抗した勝負の前に人影が割り込んできた。
「うおっ、ニンゲンやんけ!?」
「雷騎士レーン……見損なったぜ。アンタ、邪神に立ち向かうべき人じゃねえのかよ」
サカイ長老の前に割り込んだのは、ミオンさんの弟、ルークだ。
「ルーク!? たぶんおまえに務まる相手じゃないだろ、下がれ!」
「邪神にケンカ売ったアンタが言えたコトか! そのヘンタイを退かせ!」
両刃の剣で攻撃を受け止めるルークを尻目にサカイ長老に伝えると、大きく笑い、モンスター退治を始めた。
ルークは歯を食いしばり、レーンを睨みつけている。酒場の前で戦ったときのような尋常でない怒りが伝わる。
「レーン。アンタは両親を楽させようと冒険者を志したんだろ」
「そして英雄と持てはやされた。今の俺を見ろ、もう昔の話だ」
「姉さんとオレは、そんなアンタにあこがれていた。両親のために、人のために尽くしたアンタに!」
「小僧、覚えておけ。英雄の到達点こそ堕落の始まりなのだ。山を登り終えた後は降るしかないように……」
「自覚してんのがますますダセェよ。だったらおれが山になってやる! 越えてみせろよ、おれをッ!」
「フハハッ、面白いな! それは俺のセリフだぞ!」
思わず息を飲むほどの鍔迫り合いだ。加勢してやりたいがそんなコトはできない。きっとルーク本人もサカイ長老も止めるのだろう、ただ不粋という理由で。
「握力が限界か? 震えているぞ?」
「言われなくとも……!」
ルークの腰が引けてきた。見たくはないが、決着がつきそうだ。
「頂点に立つ者は、こうして相手を見下げる。いい死後の土産になったな」
「なに勝った気でいるんだよ、まだおれは生きてんだぜ……!」
カタカタと不安げな音を立てるその剣は、強い光に包まれた。以前、ゴブリンイーターを斬ったときのような。
「ルーク、その光!」
「ああ、勇気が湧いてきたぜ!」
震えはウソのように治まり、それどころかレーンの剣を押している!
「このチカラは!?」
「そうだ。アンタが信じていたガルクレス様の加護だ。……アンタ、なんであんなじゃーじゃーバカみたいな邪神に鞍替えしたんだよ!」
「それは……今にわかる」
レーンの剣がひび割れ、粉々に砕けた。そして地面に仰向けに倒れた。
「ほら、負けた」
ルークの表情は、なにひとつ変化はない。かつてのあこがれを超えた喜びなど、なにも感じない。
「邪神が言った親を蘇らせるという戯言を、俺を受け入れたからだ」
「そんなウソを信じたのかよ、アンタほどの男が」
「人は死ねばそれまでなのにな。俺は弱い男だ。親を亡くし、目指すモノも失くし、ついに信仰すら無くした。命すらも、もういらん。ひと思いにやってくれ、若人。おまえの剣がいい」
「……そうかよッ!」
ルークは剣を喉元に突き立て、思い切り腰を落とした!
「……なぜトドメをささない」
「生きてりゃなんとかなるだろ。なあ、アヤト」
「えっ、急に馴れ馴れしいじゃん」
「そうだよなあ!?」
「ハイそうですねハイ!」
急に振られて反射的に出た、率直な返事なんだよ、そう睨むなよ。
「生きて目標を見つけろよ。もう一度、おれにあこがれを抱かせてくれよ、レーン!」
「フゥー……かなわんな。では、今度はおまえを超えてみせよう」
「いつでもかかってこい!」
オレはふたりの剣を交えた対話に、清々しさすら覚えた。本人同士はもっと爽やかな気分ではないか。そんな考えとは裏腹に、ルークは頭を抱えた。
「レーンを倒したの、姉さんに……見せたかったよォォ!」
「ブレねえなコイツ!」
でも、この大草原で別れたときより成長したのは確かだ。ルークの勇姿をいずれミオンさんに伝えてやろう。
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