第34話 紡いだ縁はほどけない

 ワーロ・ハーク神殿の奥にある祈祷場。雪よりも雲よりも白いその空間で、神と出会える。そう、神と。かつて女神様と出会ったこの場所で――


「よくぞたどり着いた、ちっぽけなニンゲンよ」


 オレは邪神と邂逅する。ずっと声だけだったソイツは、西洋の甲冑を身につけ、口元を隠したガイコツのバケモノといった姿だ。邪神というべき趣きがある。


「グワハハ! 彼女同伴とは、デートスポットに来たつもりか!」


 しかしどうでもいいコトをよく喋るヤツだ。


「ハルを……かえせ」


「グワハハ。バカのひとつ覚えみたいに、それしか言えんのか」


「うるさい!」


 ガマンならん。オレはナの字を握り、邪神に向けて斬りつけた。が、ヤツは籠手を着けた片手で止めやがる。


「いい一撃だが、神に至らぬッ!」


 ナの字ごと持ち上げ、投げられる。


「アヤトさんッ!」


「平気、です」


 真っ白い不思議な空間で転がっても、まったく痛くない。


「グワハハ! 我に勝てないのはわかったろう。そこで提案しよう、ニンゲン。我の信者になるの邪!」


 邪神は人差し指で弧を描く。コイツ、今になって勧誘しやがるのか。


「今の神を捨て、我に仕えるの邪。さすればハーピーといっしょにハッピーハッピー邪! グワハハ!」


「バカ言うな!」


「やはりダメか。ではそこの女ニンゲンはどう邪?」


「わたしは……強くなりたい」


「というコトは?」


「あなたの敵になれるくらいに」


「グワハハ、これは一本取られた! どうりで心の隙がないワケ邪!」


 散々手を叩いて大笑いしたあと、動きはピタリと止まり、瞳のない目でこちらを睨んでくる。


「では、死を授けよう」


 気がつくと、目の前に大鎌を振りかぶる邪神の姿があった。立ちあがる間も恐怖する間もなく、静かに振り下ろすのをただ眺めるコトしかできなかった。


「むうッ!? キサマはなんぞ!」


 だが生きていた。鎌は止まっていた。オレは金属の鳴る音によって我にかえった。たなびく銀色の髪を揺らすその後ろ姿にオレは心から安堵した。


「通りすがりの女神ですよっ」


「め……女神様ーッ!」


「この方が……アヤトさんの神様」


「クサビ・アヤト。ここはわたくしに任せてください」


 よく見ると女神様は素手で、それも片手で大鎌を止めている。しかし刃は手に触れていないようだ。


「神たる星を陰らせ、もはや敵などおらぬと思うたの邪がのう。よもや未だに存在しておるとは!」


 大鎌を振るう邪神の腕が震えている。女神様にシンプルに力負けしてるぞ、アイツ。


「邪神といえど、大したコトないようですね」


「グワハハ、言いよるわ! 我はウン百……いやいや、ウン千の生命にチカラを与えておるの邪ぞ!」


「チカラを分散しているから、押されるのも当然だと?」


「そう邪! キサマはどれだけのニンゲンにチカラを与えておる?」


「アヤトさんだけですが?」


「グワハハ! 人望ならぬ神望が皆無ではないか!」


「数は誇るものではないですよ。アヤトさんがずっとわたくしのチカラを信じてくれたから……、そして自分を信じられるようになったから」


 女神様が拳に握りしめると、まるでガラスが割れるように大鎌は跡形もなく砕け散った。いや女神様、めっちゃ強いじゃん!


「わたくしはここに立っていられるのです。理解できましたか?」


「なんというコト邪! ポッと出の神にここまで追い込まれるとは!」


「神として、ご退場くださいな」


「グワハハ、その言葉に応えてやろう。だが今ではないッ!」


 邪神は背中をこちらに向け、出口を目がけ走りだした。逃すもんか、への字をブーメランのように投げ攻撃だ!


「痛たっ! このッ……。グワハハ、覚えておれ!」


 ふくらはぎに命中しても、邪神は止まらなかった。あんな情けない逃げ方なのに、止められないオレって……。ヤツは外に出てすぐに姿を消した。


「神はこの空間から出ると弱体化します。わたくしもそうですが……邪神もその例外ではありません。追撃を!」


「女神様、オレたちの勝利を祈ってください!」


「がんばってくださいね! サリナさんも心を強く持って、自分を信じて!」


「は、はい! 励ましのお言葉、ありがとうございます!」


 祈祷場から出ると、ミオンさんがひとつ目の星詠みの傷を治している。


「アヤト殿、ご無事で!」


「邪神はどこに!?」


「邪神が!? 申し訳ありません、なにも見えませんでした」


「そいつは……今」


「メル、じっとしていて!」


 メルと呼ばれたひとつ目の星詠みが苦しそうな表情を浮かべ、立ち上がろうとするも、ミオンさんに肩を抑えられている。


「こんなときに動けないなんて……。今は、ヤツは神殿の外に」


「よし、わかった!」


「アヤト殿、サリナ、危険を感じたらここへ戻ってきてください!」


「ミオンさん、メルさんも気をつけてください!」


 神殿から参道に出ると、眷属たちでごった返していたのに、誰もいない。不気味なほど静まり返っている。


『グワハハ、やっと来たな!』


 そんな静寂をぶち破ったのは、他でもない邪神の声だった。足元に謎の穴が開き、落ちたと思ったら、当然のように草原に立っていた。


 遠くに今までいたハズのワーロ・ハーク神殿が見える。間違いない、ここはダダッピロ大草原だ。


『いざ驚け! スタンドアップ、ニュー眷属ども!』


 人に混じって、どこからともなくサラマンダーやゴブリンイーターが次々と出てくる。だが。……だが、負ける気がしない。


『女ニンゲンよ、目が見えるコトが逆に恐怖邪のう!』


「いえ。わたしの視界せかいにアヤトさんがいる。それだけでわたしは満たされています』


「サリナさん……」


『グワハハ、甘い雰囲気に耐えられぬわ! ゆけい眷属ども!』


 だが邪神の号令に誰も動かなかった。……いや、動けなかった、か。オレの後ろにある森から、懐かしく、凄まじい気配を感じる。


「邪神とやら。アンタの駒は木端ばかりやのう」


「こんなんボクらがその気になれば、すぐひっくり返せるで」


『グワハハ! 声だけ出しおって、姿を現さんか!』


「ツッコむ気にもなれへんわ!」


 風もないのに、森がざわめく。草原を踏み締め、エルフの族長・サカイさんとキョウさんら最強の戦士たちが現れ、オレたちの前に立ちはだかる。


……もちろん、葉っぱ一枚で。


「えっ? お尻丸出し……?」


「こんなでも味方ですよ!」


 ヤバい。サリナさんの顔が真っ赤になって怯えている。ふつうに心強いと思ったあたり、オレも毒され……馴染んでいたようだ。


『グワハハ! 女はマトモな恰好だったのに、とんでもないヘンタイども邪!』


「生きるのになあ、葉っぱ一枚ありゃええんや!」


『ならばその葉っぱ、破いてやるわ!』


「やってみろやダボハゼがッ!」


 人、モンスター、エルフ、神。この大陸すべての生命を巻き込んだ決戦が今、始まる!




「……いや、破かれちゃダメだろ!?」

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