第33話 邪神との邂逅!

 邪神が待ち受けるワーロ・ハーク神殿へと続く参道は坂になっており、緩やかな勾配は徐々に急になっている。


「ふう、ふう……」


 ここで懸念なのは、サリナさんがバテてしまっているコト。乗っ取られたとはいえ、敵の総本山と化した今ここでは油断はできない。


「サリナさん、大丈夫ですか?」


「ご、ごめんなさい。村から出てなかったから、体力が……。アヤトさんは平気ですか?」


「全然。よかったらおぶって行きますよ!」


「ふふ……言葉に甘えちゃおうかな」


 ここでの生活で体力がついたのか、はたまたハルが乗っていないからか。あの肩の重さが、今では恋しい。


「ア……アヤトさん!」


 物思いにふけていると、サリナさんの呼ぶ声と指でハッとした。神殿の入り口からワラワラと人が湧いてきた。誰かもわからないが、その目は赤い。一様にこちらに向かってくる。


 振り返ると、後ろにも眷属が集まっていた。囲まれてしまった。


「すごい数の信者が集まってきている!」


「狙いは……わたしたち?」


 だから邪神は数で押せるから、余裕をかましていたのか。


『グワハハ。やっと気づいたか、鈍いヤツ邪。戦いは数だよニンゲン!』


「邪神のヤツ、また喋ってきやがったな。余計なコトをペラペラと……」


 ペラペラと言ったところでオレは閃いた。『ぺ』って字の半濁点、うまく使えないかな。ものは試しだ。


 オレの得物は日本語だ。ユニークな見た目だが鉄より硬く、重く、故にただそれだけで強い。たとえそれが半濁点でも。ぺの字、召喚。


「さあ、転がれ!」


 へを滑り台にして、半濁点が下り坂を駆ける。鋼鉄のタイヤが転がっているようなモンだ、避けないとヤバいぞ。


「「「うっ ぐぺぺぺぺーっ!」」」


 見事ストライク! 眷属たちがよくわからん叫びをあげて、ボウリングのピンみたいに弾ける。あんなにタフなんだし、転落防止の柵にも引っかかってるから死なないだろう。たぶん。


 でもまだ立ってるヤツらは止まる気配がない。なら連発するしかないな。


「それ、ぺぺぺぺぺー!」


 半濁点を転がしていれば、下から来るヤツらはなんとかなる。問題は神殿内から来るヤツらだ。


『グワハハ、ソレは魔法じゃないな。どんな神に唆されたのか皆目見当つかんが、物量で押し切ってやるわ!』


 眷属の集団が一斉に動きだし、参道が揺れる。タイマンならまだしも、あれは数百人はくだらないぞ!


『わざわざ王国市内の冒険者をワープさせたの邪。絶望するんだなあ、グワハハ!』


 片腕で震えるサリナさんを抱きしめ、もう片腕でナの字を構える。諦めない意志を見せていた、そのときだった!


「覆すぞ無双!」


「有り余るほど最強!」


 暴風と激流が迸る。オレの前には、いつの間にかふたりのエルフが立っていた。イズミさんとミヤコさんだ。


「頭数揃えるだけで勝つってんなら、邪神とやらも覚悟しい」


「エルフとダークエルフを敵に回す意味、胸に刻んでなあ」


 ふたりには容易いんだろうけど、オレの言ったとおり殺しはしていない。


『グワハハ。手練れであるのは認めるが、耳が尖ったニンゲンというだけではないか!』


「あーあー、アタシらのコト、知らんみたいやなあ。ミヤコ、やったるか」


「そうね。ド肝抜かしましょ」


 ふたりはどこからともなく弓を取り、矢を暗空に放つ。オレは一本しか見えなかったのに、夕立ちのような矢の雨が眷属たちに降り注ぐ。


「有象無象はすぐ退けや! ヒトの恋路を邪魔するヤツは!」


「ウチらが心臓ハート、射抜いたる」


「……いや仕留めないでえ!?」


「なはは。脅しや、脅し」


 アイツらだって弱味につけ込まれ、操られてるだけかもしれないんだから。でも矢の雨は少なくとも致命傷になってなさそうだ。おかげで相当ビビってるぞ。


『グワハハ、なんと情けない。おまえたち、家族が人質になっているのを忘れたのか?』


 最低なコトをするヤツだ。みんな怯えている。


『強いチカラを与える代わりに、我が大事なモノを預かるという契約を呑んだのはおまえたち邪ぞ』


「エルフに敵うワケがない!」


 大勢の中からひとり声を上げると、それを皮切りに批判が飛び交う。


『なんと愚かなモノか! 自らが信じていた神を捨てながら、今度は我のせいにするの邪な。実に愚かしいなあ、ニンゲンというのは! グワハハ、グワハハハグッ、ゴホっ! ぇほん!』


 なんかむせてる。姿見えないけど、どんな顔してむせてんだコイツ。さっきから笑いすぎだろ。


『ぅんん゛ッ! ア、アー。……グワハハ。神のチカラも信じられず、自身も信じられず。そんな不遜かつ弱い種はこの世界に必要なかろう。やはり共喰いさせあうのが正解のよう邪』


「なに勝手に話を進めとんねや。アタシらはアヤトくんとその神様に、いろいろ助けられたんやで」


「ニンゲンをひと括りにしはるのは、早計がすぎますわ」


『グワハハ。そう。神を含めた自分も信じられるコトこそが強さ邪。だのに……ほとんどがのう』


 邪神がそんなコトをため息混じりに言うのか。


「なにおまえが勝手に絶望してんだよ。日和ってないでコイツらをとっとと退かせろ、そしてハルを返せ!」


『まだまだ元気、威勢ヨシ! グワハハ、けっこう、けっこう。さあ眷属どもよ。悪の心を膨らませ、このニンゲンを止めよ!』


 眷属どもは良心と戦っているかのように頭を抱え、苦しみ始めた。


「こ、この人たち、すごく苦しんでいます……」


「卑劣なマネをしやがる!」


「アヤトくんたち、今のうちに行けばええんちゃう?」


「動きだしたら止めとくわ」


 たしかに。動けないうちに行ってしまおう。


『グワハハ、抜かれてしまった! こやつら悪の心が萎びておるわ! 王国直属の冒険者どもはハングリー精神がとっくに枯渇しておったか!』


「余裕ぶっこいて笑ってられるのも今のうちだぞ!」


『グワハハ、邪なるモノとは常に笑うの邪! 導線はちゃんと引いたので早く来るがよい!』


 神殿内に侵入すると、同じローブを着てる人が一定の間隔で倒れている。星詠みの人たちだ。導線ってこのコトだったのか。


「悪趣味なヤツ!」


「どうしてこんな……ひどい。わたしにはなにも……」


 息が荒くケガをしているが、命に関わるモノではなさそうだ。


「な、なんだこの惨状は!」


 後ろからミオンさんが追いついてきた。これは心強いぞ!


「ミオンさんは傷を治すのに専念を!」


「了解です!」


 邪神のいう導線の先にはひとつのドアがあった。入ったコトがある祈祷場だ。そのドアの前にも、星詠みが倒れている。


「ひ、ひとつ目の人です!」


 以前、案内してくれた人だ。


「この先に邪神が……。気をつけて」


「忠告、ありがとうございます。後でミオンさんが来るので、もう少しの辛抱ですよ」


「ミオンが……? そうですか、帰ってきてくれたのですね」


 その微笑みから、いかに信頼しているのかが伝わってくる。憂いはない。


「……さて、行くか!」


「アヤトさん、わたしも……。ハルちゃんに、謝りたいから」


 オレは頷いて、ドアを開ける。いざ、邪神の待ち受けるその先へ――

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