第32話 ルークの姉、ミオン
「飛ぶが如く、飛ぶが如くや! こんなんじゃ飛ぶ鳥すら落とせへんで! 避雷魔法、『
ほら穴から出たオレたちはワーロ・ハーク神殿へと向かう。邪神の影響か、暗い空から雷が降り注いでくるが、しかしイズミさんを中心に、エルフたちが雷を魔法でいなしている。
「エルフ……なんと心強い。ワーロ・ハークの絶望色に染まった空の下でも、こんなに心を強く持てるなんて」
ギルドマスターだったミオンさんも舌を巻いている。おかげで神殿の門前街も間近だ。
「ブブッ、門の手前でニンゲン同士で争ってるゴブよ!」
「マジか、ゴブタクシーから早く降ろしてくれ!」
「お客さま、降車ゴブー!」
「あっ投げ捨てられるのね!?」
しかしここで受け身をとって素早く立ち上がる。異世界で過ごしていて、少しは身体も鍛えられたみたいだ。
「人間同士が戦ってるなら、そのひとりはマトモだろ!」
そして恐らく、マトモな人は門番だろう。走って確認しに行くぞ!
「邪神様に歯向かうのかオラ!」
「ぐぅ、なんて力だ……!」
やっぱりそうだ。見るからに門番さんは劣勢だ。オレはへの字を握り、鍔迫り合いに加勢する。
加勢と言っても、隙だらけの身体にフルスイングして不意打ちするだけだが。邪神の眷属よ、卑怯とは言うまいな。
「はァ、はァ。すまない、助かった。名前だけでも聞かせてくれ」
「アヤトです。クサビ・アヤト」
「……あっ、ハーピーを連れていた冒険者か! ハーピーがいないとわからなかったよ」
「名前だけ覚えてもらえるだけでうれしいです。オレだって、あなたにいただいた一宿一飯の恩は忘れてません」
「ふふ、そういえばそうだったか。人には親切にするものだ。だが敵は、親切心などあったモノではないぞ。私の相棒でさえ、今のように操られてたのだから」
今ぶん殴ったヤツって、もうひとりの門番だったか。オレはすぐ呼吸を確認した。
……うん、してる。あとは目を覚ましてくれればいいけど。
「心配はせんでもよい。だが次々と、内部から邪神の下に寝返るのが多い。どうしたものか……」
「オレたちが邪神を倒します」
「仲間もいるのか?」
「ええ。ギルドマスターのミオンさんも帰ってきました」
「ミオン様がいらっしゃるのか!? だったら伝えてくれないか、ルークが!」
「ルークが? ……ってヤバい!」
焦りだした門番さんのすぐ背後に大男がいた。眷属特有の赤い目を光らせ、得物を振り下ろそうとしている! が、それも束の間。すぐに倒れ込んだ。
「油断大敵やね、ニンゲンはん」
「ミヤコさん!」
「おおッ!? ダークエルフ!?」
「すでに隠遁魔法で、ウチらの仲間が潜り込んではります。襲ってくる赤い目のニンゲンと戦えばええんやろ?」
「ええ。……殺さない程度にね?」
「あら、買い被りすぎやわ」
ミヤコさんは微笑みだけ浮かべて姿を消した。不安だなあ、やりかねない。
「えーと……そうだ、ルークが!」
「ルークがどうしましたか!?」
「石造りの文明もええなあ。平和なときに来たかったモンや」
「荒れてるゴブねえ。まさに宝の山ゴブ。街中に放り出されたモノを回収して、役立ちそうなのを作るゴブ!」
ミオンさんとサリナさんも合流してきた。イズミさんとゴブ夫たちもしれっと門を潜り、思い思いに行動している。
「なにアレ……?」
「ルークがどうしましたか!?」
「えっ、あ、そう! 彼も邪神につけ込まれてしまって。まだギルドの酒場にいるかと!」
「……あのバカっ!」
ミオンさんは血相を変えて、酒場へと走り出した。
「サリナさん、いっしょにミオンさんを追いましょう!」
「はい!」
サリナさんの手を引いて、オレは走り出す。街中は荒れ果てていた。立ち並ぶ家々は壁もドアも破壊され、あちこちでボヤが出ている。
「こんな……ヒドいですよ」
「以前はもっと、きれいな街並みだったのに。邪神め……!」
怒りは邪神にぶつけるしかない。それを行った邪神の眷属たちは、既にエルフたちにボコされているから。
「ルーク! ここにいるのか!」
ミオンさんが酒場のスイングドアを蹴飛ばしたのが見える。無惨な姿と化したドアを横目に入店すると、ブツブツと怨嗟の声がまず耳に入った。
「姉さんがいない世界なんて……消えたほうがマシだ。真っ先にゴブリンと共謀を疑ったヤツは誰だ?」
「うわあ、なんてパワーだ!」
眷属と化したルークだ。壁にかかっていたオノでマトモな冒険者の制止を振り切り、机にひたすら切り目を入れている。テンションが低い、低すぎる。絶望しきると、こうなってしまうのか。
「ああ、全てが終わればいい。昼も夜も、世界すらも。もうおれにはなにも必要ない。姉さんだけいれば、それだけでよかったのに……」
「ルーク! なにバカなコトを言っている!」
「姉さんの声だ……。幻聴かな。うん、そうだよな。会いたいなあ」
「ここにいるでしょうが!」
「あー? ホントだ。でも幻覚だよな。邪神様が死んだっておっしゃってたし」
ミオンさんは痺れを切らしたといわんばかりに、ルークの手を自分の頬に当てた。
「これでも邪神を信じる?」
「……あったかい。それに、このほっぺのプニプニ具合」
「つっつくのはやめろ」
「姉さん。……姉さァァーんッ!」
ルークはミオンさんに抱きついた。背中に回した手はやさしくゆすっており、姉としてのやさしさを感じる。すっかり邪神を信じなくなったようだ。
「おれ、なんで騙されちゃったんだろう! 姉さんが簡単にくたばるワケないのに!」
「心配してくれたコトは感謝する。まだまだ心身ともに成長の余地アリだな。邪神への信仰なんて捨てなさい」
「ガルクレス様にも謝らなきゃ!」
こんなふうに想いをぶつければ、邪神から解放されるんだな。オレもハルに、あんなふうに……。
「しかし邪神のヤツ。卑怯な手で眷属を増やす!」
『グワハハ。雷を避け、我の信者も蹴散らすとは、驚き邪わい!』
外から声が聞こえる。空を見てもなにもいないけれど、たしかにあのウザったい低い声がする。
『しかしそれもムダな足掻き邪。信者がいなくとも、我は強いぞ。倒したくば神殿に来るがよいわ、逃げも隠れもせんからな。グワハハ……』
どういう意図があるのか、挑発してくる。聞き流すのも悔しい、オレだって言ってやろう。
「おい! ハルは無事なんだろうな!」
『あのハーピーのコトか。安心せい、傷ひとつつけておらぬ。心のほうは知らぬがな、グワハハ!』
「その口、すぐ黙らせてやるからな。首洗って待ってろ!」
『グワハハ。そう邪のう、背中も洗って待っていようか! グワハハ!」
邪神の声が聞こえなくなった。ふざけたコトばかり抜かしやがって、まるで遊んでいるみたいじゃないか。
ウソばかり撒いて絶望させて、いいように操って、人と人のつながりを引き裂いて。ゼッタイに許さないぞ!
「言葉はアイツだけのモンじゃない! ハル、待っててくれよ!」
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