第31話 女神様

 オレたち北へ駆ける。ワーロ・ハーク神殿に向かうため、ハルに追いつくため、混沌たる集団がひた駆ける。


「相手は邪神、不足なし! 神の根城にカチコミや!」


 四つん這いで走るオークに跨る、エルフのイズミさん。


「あんな移動で馬並みに速いなんて。負けるな、馬として恥ずかしいぞ!」


「ハイハイだから、すごい土ぼこりが立ってますね……」


 慣れた手つきで手綱をにぎり、ハッパをかける元ギルドマスターのミオンさん。その後ろにぴったり着いてるサリナさん。


「ブブッ、負けてられないゴブね。ゴブタクシー、アクセル全開ゴブよ!」


「「「ブッブブー!」」」


「安全運転で頼むぞ!?」


 そして、バケツリレーのようにゴブリンたちに担がれる異世界人のオレ。異界語召喚士バベルサマナーのチカラで繋がった異種族(オレ)たちを止める者は、なにひとついなかった。


……たとえ言葉を持たないモンスターでも、近寄りたくないんだろうけど。


「ブヒッ、そこのニンゲン。ゴブリンにゴブゴブ言わせるのやめさせてブヒ。キャラが被ってる気がしてイヤなんだよなブヒ」


「なにブヒブヒ言うとんねん!」


「ブッヒィィ!」


 ケツを引っ叩かれ、豚のスピードが速くなる。


「豚は叩かれると喜ぶなんて……。世の中には、知らないコトばかりです」


「サリナ? マネしちゃダメだよ?」


「は、はい。ミオン様」


 こんな会話を聞いて、オレはこう思った。――ああ、眠くなったなあ、と。


 疲れもあるんだと思う。でもゴブタクシーの決していいとは言えない乗り心地が、眠気を誘うんだ。小刻みに揺れるのが余計に。


 ダメだ。睡魔に耐えられない。オレはそっと目を閉じた――



* *  *



「――おや、クサビ・アヤトさん。お久しぶりですね」


 いつかぶりの真っ白な空間、そこにポツンとひとりいる女神様。これは夢の中なのかな。オレの身体は動かないけど。


「どうして……こんなコトになったんでしょうね」


「どうしましたか?」


「ふつうの人間が邪神に挑もうとしてるんですよ。同じ神様として、どう思いますか?」


「邪神と同じとは心外ですよっ。アヤトさん、あなたはふつうの人間と謙遜しているようですが……」


「だってそうでしょう。オレ、女神様のチカラがなきゃ、オレなんて!」


「ふつうの人間は、トラックから人をかばって死んだりしませんよ」


「それは……だって」


 それがオレにとってのふつうなんだ。トラックに轢かれそうになった子供のほうが、オレなんかよりも明るい未来が待っていただろうから。


「それに神を討つのは、常に人間の役目でしょう?」


 女神様はそっと寄り添うように、語りかけてくれる。


「あなたは、かけがえのない居場所を見つけたじゃないですか。家族という言葉、この世界で過ごして意味が変わりませんか?」


「以前、オレは帰りたくなかった。家にいても、どこかで帰りたいとも思ってた。ヘンですよね。でも、今は」


「ハルちゃんとサリナさんと、ですね」


「ええ。でももっとヘンですね。異世界人よそものがハーピーを娘にして、現地の人と暮らしたいって思うのは……」


「いいえ、そんなコトありませんよ。あなたに異界語召喚士バベルサマナーのスキルを与えて、私は心底、心からよかったと確信しています」


 なんて安心する声色だろう。激励と慈悲に包まれているかのようだ。前の人生でも、肯定される人生を送りたかった。


「私はキッカケを与えただけにすぎないのに、この世界で居場所もあり、異種族の信頼もあります。これもあなたの人の良さのおかげですよ」


「それは、元々は女神様のおかげだから……」


「もっと胸を張ってもいいのですよ。他者の言葉に気づき、情を覚え、愛を感じたのならば、今度は自分自身を好きになってください」


「それは……難しいな」


 ずっと否定されて生きてきた。劣等感は性根に染みついている。そんなオレを、オレ自身が好きになるなんて。今はそんなコト考えられないなあ。


「いやそれよりも! きっと邪神と戦うコトになったら、チカラを貸してくださいね!」


「もちろんです。あなたの文字ブキは意志の強さで硬くなるのを忘れずに。それはきっと、自分を好きになればもっと強くなるハズですよ」


「そう、ですね」


「ハルちゃんのためでしょう? パパが自信持てなきゃ、子供も不安になってしまいますよ」


「……はい。がんばります!」


 この空間で、初めて女神様の声以外の音が聞こえてきた。とても遠くからだけど。


「仲間たちの声ですね。さあ、起きるときです。心は折れても、生きてりゃなんとかなりますから!」


 遠くからの声はだんだん近くなり、白い空間はバラバラに砕けた。


「けれど……。きっとあなたなら、邪神でさえも――」


 逆に女神様の声が遠くなった。ダメだ、よく聞こえない。だんだん意識が遠くなる――


* *  *



「――おーい、起きるゴブよ!」


「アヤト殿は疲れたのかな。いろいろあったからムリもないか……。サリナ、ちゃんと寝かせてた?」


「ミ、ミミミオン様!? どういうイミですか!?」


 冷たい雫が顔に当たって目が覚めると、いつの間にやらゴブタクシーは停止していた。辺りは仄暗い。硬い地面から身体を起こすと、ほら穴の中にいるのがわかった。


「おう、おはよーさん。今な、ここで目ェ覚ますの待ってたんよ」


 イズミさんの声がよく反響する。ここがどこなのか、確信した。オレの異世界生活、始まりの場所だ。


「アヤトさん。疲れを癒せず、ごめんなさい」


「いえ。サリナさんが謝るコトじゃないですよ。ゴブタクシーの乗り心地がよかったから」

 

「ブブッ、褒められると照れるゴブね。ここがどこかわかるゴブか?」


「ああ、わかるよ。ここのすぐ先で、おまえたちと会ったんだよな」


 風を頼りに出口に向かう。ほら穴を出ると、暗い空の下に枯れ果てダダッピロ大草原が広がっていた。


「やっぱり……ここか」


 まるで別世界だ。初めて見たときの生命感は一切ない。遠くに見えるワーロ・ハーク神殿の上空には雷が走っている。


「ちょい待ち。近づくと危ないんよ。こんなふうにな――」


 イズミさんがほら穴の外にでて、枯れた草原に足を踏み入れると、イズミさん目掛けて雷が落ちてきた!


 しかし当然のようにジャンプして回避する。


「雷に打たれるねん。しゃーないからここで足踏みしてたんや」


 こちらに戻ってくるイズミさんの背後で、煙が立ち昇った。それはどんどん濃さを増し、炎が着いた。


「ヤバッ、火事になってまう! おーい、ミヤコー!」


「オレに任せてくれ」


 たしか初めて出したんだ。女神様から授かったスキル、その文字は――


「湧け、水よッ! あのきれいだった草原と青い空を取り戻すんだ!」


 延焼しようとしている火元に、オレは水の文字を落とした。すると文字は応えてくれた。水の字は風船のように膨らみ、そして破裂すると、中から水がスプリンクラーのように放出した。


「消火できたやん!」


「この世界に来たばっかの頃とは違う。大事なモン、返してもらうぞ!」


 恐らく邪神とは目と鼻の先。意志を強く持って、必ずたどり着いてやる!

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