第30話 奪われたら取り返せ!

 突如として響き渡る、邪神の声。それそのものである赤い星に向かって、ハルが飛んでいっていまう。


「ハル! オレのところへ戻ってきなさい!」


『グワハハ、止めてもムダ邪。あの小娘は我の下へ来る運命なの邪!』


「うるせえな! おまえ黙ってろ!」


『グワハハ、なんとぞんざいな扱いか。まあ負け惜しみと思えばかわいいものか、グワハハ!』


「ウゼェなアイツ!」


 邪神の減らず口は威厳もへったくれもあったモンじゃない。そんなコトよりも、ハルをこんなヤツのところへ行かせたくない!


「ハル、どうして止まってくれないんだ!」


「ハルのいばしょは、そこにないよ。ハル、きらわれたくないよ」


 赤くなった瞳をきらめかせて言った。涙などで赤くなったワケではない。邪神に心の隙を突かれ、操られたんだ。棒読みで言ったのは本意じゃないと信じたい。


『グワハハ。羽の小娘がしゃべるたび絶望が深まっておるぞ』


 オレが止めるたび、悲しませてしまうのか。こうしているだけでも、遠ざかってしまうのに。


『ま、ウソだがなあ! グワハハ!』


「なッ……なんなんだよテメェは!」


『そうら、おまえも絶望した。よい絶望だぞ、そこの傷女も併せてなあ。グワハハ、愉快邪!』


「なにがしてェんだテメェは……。信者操って村を破壊させたりして!」


『我は絶望をすすって復活する邪神なるぞ。そのための必要な過程なの邪』


「その割にはみみっちいな、オイ。神様のクセしてよ!」


『グワハハ、地道なほうが楽しいの邪。必要な絶望は集まり、我の復活はもうすぐそこ。そのために我は神殿に向かおうぞ』


 暗い空に輝く赤い星が流星となり、音もなく北へ移動している。ハルもそれを追っている。……もう手も、言葉も届かない。


『そして復活した暁には、手始めにこの大陸を支配し、全ての生物を争わせてやるの邪。それまでせいぜい震えて眠るがよいわ、グワハハ――』


 声が聞こえなくなると、空は明るくなり、太陽が差した。そこに赤い星はない。そして、ハルも……。


「……サリナさん、大丈夫ですか?」


 屈んだ身体から、嗚咽が漏れている。


「……ごめんなさい。わたし、そんなつもりじゃ。ハーピーがアヤトさんの探しものだなんて思わなくて」


「誰も、悪くありませんよ」


 悪いのはオレだ。出会ったとき言っていれば、こんな悲しまずにすんだのでは。だがそうすればきっと、こんなに焦がれる気持ちはなかったのだけれど……。


 オレは役立たずだ。ハルも行ってしまった挙句、恩人をこんなに悲しませてしまっては。


「顔を上げてください」


 サリナさんの目は赤く腫れていた。


「久しぶりに見た村の景色はとても美しくて、うれしかったのに。愛する人の涙を見るのは、とても心苦しいです……。ごめんなさい」


「オレは、そんなあなたのきれいな心に惹かれたんですよ。だから、謝らないでください」


「アヤトさん……」


「おおッ? アヤト殿!」


 後ろを警戒していたミオンさんが驚いた声を上げた。


「すいません、ムードを考えず。でも報告をば。エルフが豚に乗ってこちらに!」


「なにを言って……」


「おうおう、アヤトくん。なにメソメソしとるんや」


 ホントに言った通りとは思わなかった。立ち上がって振り向くと、エルフのイズミさんが豚に跨ってきた!


「な、なんだアレは!」


 心配そうにサリナさんを見ていた村人たちは、復興したての家に隠れた。


「なあに? その豚……」


「おう、村長のペットや。このニンゲンはな、アタシらの恩人やで。オラあいさつしい!」


「ブッヒィィ!」


 豚から降りてケツを引っ叩くと、豚が人のように二足で立った。いや、よく見れば顔は豚だけど、手も足も人のソレじゃないか。


「ボクはオークのピグだブヒ。よろしくブヒ」


「ああ、これはどうも……」


「すげーブヒ! ボクの言葉がわかるブヒか!」


「ああ、まあ、うん」


 布切れを着た二足歩行の豚がおじぎしている。バカみたいな光景だ。なんだかもう、悲しさも涙も引っ込んだ。代わりにため息が出た。


「なんで来たんだ?」


「アタシらも邪神とかいうアホの声、聞いたで。北に行ったようやからな、カチコミしに行くんや」


「邪神相手に?」


「当たり前やん。なにが生物を争わせるや、仲直りしたばっかなのに。アヤトくんも……なんか気に食わんコトがあったんやろ? いっしょに行こや」


 オレは思いを吐き出したくて、イズミさんに話した。


「そか。ハーピー見つかったんに、邪神のトコ行ってもうたんやな。だったら言えるコトはひとつや!」


 イズミさんはビシッと人差し指を立てる。


「奪われたら取り返せ。以上!」


「イズミさんらしいな」


「にひひ、褒め言葉として受け取っておくわ。準備できたら行こうや!」


「心強いよ、ほんとうに!」


 ハルを連れ戻す希望が見えた。オレは屈んでサリナさんに語りかける。


「オレ、ワーロ・ハーク神殿へ向かいます。……また、待ってもらうコトになるかもしれません」


「わ、わたしも!」


「きっと、オレがしてきた冒険よりもずっと危険ですよ」


「構いません。アヤトさんがいるなら」


 困ったな。サリナさんを危険な目に合わせたくはない。


「……ははーん。アヤトくん、そこのカノジョも連れて行ってもええで。アタシらが責任持って守ったる」


「え?」


「好きな相手といたいもんな!」


「す、鋭いなあ……」


「恋する乙女を舐めたらアカンよ!」


 確かにエルフがいるほうが、村にいるより安全かもしれない。そうしてもらおう。


「サリナさん、いっしょに行きましょうか!」


「はい! ありがとうございます!」


「っしゃ、ほな豚の背中に乗りや!」


「いや、それはちょっと……」


 ピグの息がケツを叩かれてから荒くなってる。なんかヤダ。サリナさんを乗せたくない。


「サリナは私の後ろに乗せればいいですか、アヤト殿」


「ミオンさんも来てくれるんですか?」


「当然です。私だって門前街にいるルークが心配ですからね」


「ミオン様、よろしくお願いします」


「うん。落馬しないように、ちゃんと手を回しておくれよ」


 これでワーロ・ハーク神殿へと向かう準備ができた。あれ、オレは徒歩?


「ほんじゃ、アタシとニケツしよ」


「オレが乗るのか」


 何気なくつぶやくと、ピグの眉間にシワが寄った。露骨に。オレだって乗りたくねえよこの豚野郎。


「ブッブッブ、ゴブたちもやって来たゴブよ!」


 声がしたと思ったら、地面から続々とゴブリンが現れる。ゴブ夫が大群を率いてやってきた。


「ゴブたちも黙っちゃいられないゴブ。お供するゴブよ!」


「頼りになるよマジに!」


「前みたいに横になるゴブよ。ゴブタクシーで運ぶゴブ!」


 ゴブリンに担がれ、空を見上げる。さっきは邪神の影響で真っ暗になっていた。この青い空は、オレたちが守るぞ!


「よし、行こう!」


 ここに人間、エルフ、ゴブリンと種を超えた部隊が生まれた。まずは森を超え、神殿を目指すんだ!


「待ってろよ、ハル!」




「アヤトくん、仰向けで運ばれながら言っても説得力ないで」


「そういうコト言わないで!」

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