第29話 邪神は笑う

 ヴェルドさんの試練を越え、無事ハルの鳥かごのカギを貰った。部屋にはゴロツキどもの死体がゴロゴロ転がっていたけれど、結果的にはすごくいい人だった。


「パパ、どうだった? 緊張した?」


 いっしょにセリザの部屋に戻っていると、彼女が訊いてきた。


「立派な父さんでうらやましいよ」


「へへーん、ジマンのパパだからね。あなたのパパとは違うのだ」


「ズバズバ言うなあ!」


「だから、あなたはあんなのにならないでね。セリザの友達のために」


 セリザは笑顔で自分の部屋を開ける。


「アーヤトーーっ!!」

「アヤト殿ーっ!」

「ブブ……早く出してゴブ……」


 初めにハルが、次にミオンさんがオレの名を呼んだ。なんだかふたりとも楽しそうだ。


「このおねーさんね、ずっとゴロゴロに、びっくりしてた!」


「ちょっと、言わなくてもいいよ! そんなコトよりアヤト殿、ご無事で」


「ふたりも仲良さそうでなによりだよ。セリザ、ゴブリンもいいかな?」


「んー、友達ならしょうがないね。いいよ。なに言ってるかわかんないし」


 テーブル上に並べてある底抜けボトルを上げ、そこに閉じ込められていたゴブリンたちを解放した。


「また助けられちゃったゴブね。ほんとにありがとうゴブ!」


「あっ、おまえよく見たらリーダーゴブリンじゃん」


「リーダーの座は、ニンゲンの言うゴブ夫に託したゴブ。今からゴブはもう、ただのゴブリンゴブ」


「ブブッ! 初耳ゴブよ!?」


「ゴブ夫、森の中でも仲間探してたもんな。おめでとう」


 昇進祝いと言ってはなんだが、オレはイノシシの干し肉をゴブ夫たちに分け与えた。


「肉! 肉ゴブ!」

「かたじけねえゴブ!」

「感謝してもしきれないゴブ!」


「さて、ハルも助けなきゃな」


 ハルのかご付近で、女子たちがチラチラこちらを見ながらヒソヒソ話している。声が聞こえるくらいの音量なのが気になるけど。


「ねえ、ミオン。ハルのパパなんか良さそうじゃない?」


「でもねセリザちゃん。アヤト殿ね、もう心に決めた人がいるみたいなんですよ!」


「きゃー。意外とすみに置けないね」


「ハルの……あたらしいかーちゃん?」


「そういうコトになるね」


「彼女もいい人なので、きっと大丈夫ですよ!」


 ガールズトークを聞いてて恥ずかしくなってくる。もうちょい小さい声で話してほしいな。それよりハルのかごを開けなきゃ。


「手元が安定しませんなあ、ハルのパパさん」


「茶化すな、茶化すな」


 カギを捻るとガチャリと音が鳴った。扉を開いて、やっと直に再会。


「ハル、待たせてごめんな。やっと迎えに来られたよ」


「いいの、いいの! またあえた!」


 オレとハルは抱きしめ合ってすぐに肩に乗ってきた。この爪が食い込む感じと重さ、しっくりくる。


「セリザ、ほんとうにありがとう。ハルと友達になってくれて」


「吸血鬼は死なないからね。パパもいい退屈しのぎになったんじゃない?」


「セリザー、またあそぼうね!」


「こんなに笑顔がかわいいんだもん。ハルちゃんには、やっぱ青空が似合うよ。たぶん。そこのお姉さんもビビってたけど、よくがんばったね」


「き、恐縮です……」


「また会えるときが来たら、ヴェルドさんといっしょに乾杯しよう!」


「いいね。永き世に鮮血の継承あれ。てなワケでバイバ〜イ」


 オレたちはセリザに見送られながら、ヴェルドさんの屋敷を出た。もしまた会ったら、父親としてどうすべきなのか、訊いてみたいな。


「さて、私もアヤト殿も、目的を果たしましたね」


「これからどこいくのー?」


「とりあえず、村に帰りますか」


「では馬を連れてきますね」


 ワーロ・ハーク門前街ではハーピーは受け入れられていたけど、村ではどうかはわからない。もし無理ならば……いや、考えたくない。


「ねえ、アヤト。きいてー」


 村への帰路が短く思える。ハルがセリザとの思い出を話してくれるからだ。喋りながら笑いながらの帰り道、なんだかふと懐かしさすら覚えた。友達と喋りながら、学校から帰るときのような……。


 別れ際には、帰りたくもない家に着くのがイヤで、ため息をついていた。今は違う。


 オレの肩にハルがいる。村に待ってくれている人がいる。こんなに孤独を感じないコトなど、今までなかった。


 だから祈るしかない。ハルを拒絶しないでくれ!


「みんな手を振ってくれてますよ!」


 村が見えてきた。ミオンさんの言う通り、しかも先頭にサリナさんがいる。目が見えるようになったんだ!


「ニンゲン、いっぱいいる。あそこにかえるの?」


「ああ。その前にさ、ちょっと馬の後ろに隠れててくれないか?」


「あいあい!」


 馬から降りると、サリナさんが走ってきた。目のところは相変わらず前髪で隠しているけれど、まっすぐオレを見てくれている……と思う。


「わたし、あの花の蜜を飲んで、目が見えるようになったんですよ!」


 サリナさんは前髪をかき上げて、その目を見せてくれた。凄惨な傷跡は健在でも、そのオレンジ色の瞳は輝いている。


「こんなに……きれいな瞳をしていたんですね」


「あなたが取り戻してくれたおかげです。ほんとうにありがとうございます、アヤトさん。お帰りなさい」


「そ、そうだ。ちょっと訊きたいコトがあって――」


「おねえさん、ちわわーっ!」


「あ、ハル!? 待ってろって!」


 突然、ハルが目の前に出てきた。羽ばたきながら、あいさつをしてる。オレがまたサリナさんに話そうとすると、小刻みに震えだした。


「あ、ああ……ハーピー?」


「ハルだよ、よろしくね」


「こッ、来ないでッ!」


 なんだ。様子がおかしい。サリナさんが背中を向けている。


「えっ?」


「また……引っかかれる……」


「えっ? えっ? ハル、そんなコトしてないよ……?」


 ハルが回り込もうとすると、また大きな声。


「来ないでよッ!」


「ええ?」


「サリナさんッ!?」


 まさか、サリナさんの顔に傷を負わせたのは、ハーピーなのか……?


「ハルは、なかよくしたくて……。サプライズしたら、みんなよろこぶってセリザがおしえてくれて……」


「なあ、ハル。ハルは悪くないよ」


「じゃあ、なんできらわれちゃうの?」


「それは……」


「ここでくらしちゃ、いけないの?」


「ハル、ああ。サリナさん……」


「ハルは、ひとりになっちゃう。いやだよ、またひとりは……。とーちゃんになってくれるんじゃないの?」


「オレに任せておけ……オレに!」


 どうすればいいんだ。どう言葉を紡げばいい。誰も悪くないじゃないか。そのとき突然、空が暗くなり、どこからか笑い声が聞こえてきた。


『グワハハ。これは質の良い絶望だ。絶望せし者よ、我が下へ来るのだ』


「あれ? ハルをよんでる?」


 緑の目が赤くなっている。空を仰いで、飛んで行こうとしているぞ!?


「どこ行くんだ!? 戻ってこい!」


 クソッ、腕が届かない。ハルが飛んでいってしまう!


『グワハハ。止めてくれるな、自らの意思でこちらに来るのだぞ』


「おまえは誰なんだ!」


『よくぞ訊ねてくれた!』


 声は一番の笑い声を上げこう答えた。


『我は赤き星、邪神である! 名前はまだないのじゃ!』

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