こころカテーテル

　心のカテーテル治療。

　その技術は、心を病んだ人のものだった。

　作り出したのは、その男。

　心を病む妹を救いたいという願いが、心の病の新たな、そして、有効な治療法として、生み出された。

　しかし、治療できるのは、その男だけ。

　それが、心のカテーテル。

　もちろん対象が、心の中だけで、治療法は同じ。

　患者に侵入した、その特別な管が胸の中へ。

　取り出すのは、患者を苦しめる辛い記憶。

　心の傷をいつまでも疼かせるその記憶。

　時の癒しにより、小さくなっていく身体の傷。

　時の癒しにより、小さくなっていく心の傷。

　しかし、心のそれは、身体の傷とは違う。

　小さくなったのに、

　忘れかけているのに、

　辛い記憶は、思い出の世界から、地を這う冷気の様に侵入して、古傷をえぐる。

　悲鳴をあげた古傷は、新たな血を流し始める。

　その男の妹の心の傷がどのように、生まれたのか今となっては、分からない。

　しかし、その男は、特殊な材質の管を使用して、妹の心の傷を癒した。

　心療内科の医師は、こぞってその技術を求めたが、その男にしか、心のカテーテル治療は、出来なかった。

　今日も、全国の医師からその男に、カテーテル治療の依頼が舞い込む。

　その男は、現地へ赴き、患者とカウンセリングを行う。

　心の傷の原因を突き止めるのは、現地の医者の診療の記録があるので、比較的簡単だった。

　その傷の厄介なところは、治りかけていた傷が、辛い記憶に、再び傷つけられ、何度でも復活するという事だ。

　カテーテルは、辛い記憶を取り出す。

　患者とのカウンセリングを終わらせたその男は、一週間後、再び患者の元に現れ、カテーテル治療を施す。

　皮膚に穴をあけていないにも関わらず、その特殊な管は、たやすく患者の中に侵入していく。

　患者を何度も苦しめる記憶を掴みだし、傷跡を縫合して治療は、完了する。

　その男の禁断の一週間。

　追ったのは、楢野（ならの）美香（みか）。

　とても酷い恋愛の果てに、ボロボロにされた心が悲鳴をあげ、心の病を発症した。

　美香の心をその男が、カテーテル治療で救った。

　感謝と好奇心に支配された彼女の心は、その男の姿を追った。

　新たな依頼のカウンセリングの後、その男の謎の１週間が始まる。

　その患者が積み上げてきた人生は、確かに酷いものだが、その事が病を引き起こすものではない。

　しかし、その時間が、病への耐性に変わるか、助長する側にまわるかは、誰にも分からない。

　全ては、トリガーになる事象による。

　つまり、その人の運だ。

　美香の場合もそうだったが、たいていの場合、人との出会いがトリガーになる。

　特に恋愛が多い。

　真面目に生きる人が出会う相手が、常に良い人なら良い。

　優しい人の恋愛の相手が、常に良い人なら良い。

　しかし、そういかないことがこの世界には多いようだ。

　今回の依頼もそうだった。

　その男は、患者の生活していた街へ赴くと、夜を待った。

　動き出したのは、日付が変わる頃。

　その男をつけていた美香の視線には気づかなかったのか？

　患者を騙し、時間と金と身体を奪うだけ奪い、酷い仕打ちで、病にまで追い込んだ相手をその男は、静かに殺した。

　その場で、その男の心臓を抜き取ると小さなクーラーボックスに、放り込んだ。

　驚きと衝撃のため、声も出せずにいる、美香に近づくと、

「ついて来て下さい。あなたの好奇心を満たして差し上げましょう」

　その男は、耳元で囁き、美香に心臓を掴みだしたばかりのその手を差し出した。

　とっくに、美香の存在に気づいていたのだ。

　躊躇いがちに、その手に自らの手を重ねた美香の運命は、その時に決まった。

　そのカテーテルは、患者を病に追い込んだトリガーとなる者の心臓から作られていた。

　その男の禁断の一週間は、殺人とその心臓からカテーテルを作るための時間。

　出来上がったカテーテルは、患者の中の自分の臭いを探し出し、自ら記憶にたどり着く。

　カテーテルが、自身と同じ臭いを自動的に回収している間に、その男は心の傷を縫合してしまう。

　それが、心のカテーテル治療の全て。

　美香は、手を重ねたその夜から、男のパートナーになった。

　彼女の仕事は、その男と共に、病のトリガーの相手を見つけ出し、夜を待つ。

　そして、

　トリガーに、そっと近づき…。

　　　　　　　　　　　　　　　終わり