音楽ラノベは、ついにここまで来た!

 一言で書くと、サクソフォーンでとある音大を目指す男子高校生と、その音大でプロ並みの活動を展開している作曲科の女子大生、その二人をめぐる青春音楽小説。

 いきなり昔話っぽくなりますが、「ラノベ」黎明期時代の小説やマンガやテレビドラマでは、音大生と言えば、お蝶夫人タイプのスーパーお嬢様か、スネオタイプの嫌味な「お芸術家」しか出てきませんでした(あとは病人並みのひ弱なメガネキャラか)。そんな時代ですから、ピアノ男子への迫害は言語に絶するものがあり……とまあ、私の話はともかく。
 風向きがはっきり変わったのは、やはり「のだめ」の大ヒット以降ですね。音大生と言っても、宴会でバカもやれば不器用な恋もする、ということがようやく世間様に知れ渡り、以後はさらに「響け!ユーフォニアム」の人気爆発もふまえて、音楽小説全体で部活もの、ニッチなジャンルものへと細分化が進んでいきます。結果、今やたとえば、各科の音大生はもちろん、吹奏楽および管楽器がテーマの作品など、誰も驚かないし、むしろ人気路線になっているほど。

 ですから、この作品は「いつか出て来たであろうタイプの小説」と書くとそれまでですが。

 現代音楽ですよ、現代音楽! まともに音大出てるプロでも「あ、自分、そういうのはほとんど聴いてないし、やる気もないんで」でそのまま一生押し通せるほど、ウルトラニッチな領域、それをど真ん中にして青春ラノベを書くとは!
 なにしろ、高度に専門的な分野を狙い済ました作品だけに、この世界に詳しい人には、ニヤっとできるところが満載です。「セクェンツァ」の曲名一つで、「え、何番?」と返せるぐらいの方なら理想的ですね 笑。ですが、改めて強調しておきますが、この作品は衒学的な見てくれの効果とは無縁です。そもそも、いい音楽小説は、素人さんが七面倒なところ全部すっ飛ばして読んでも十分中身が伝わるように書かれているもんです。奥泉光しかり、恩田陸しかり、そしてこの那珂乃氏の本作しかり。

 現代音楽、という、極度に不人気なテーマを、那珂乃氏がとりあげたのはなぜか? もちろん理由があったからです。キャラの造形と、キャラ同士の関係性に深くかかわる理由が。あるいは、現代音楽テーマだからこそ、わかりやすく書き表せる何かがあった、と言ってもいいでしょう。もちろんそれは、特殊な二人だけの珍妙な物語などでは断じてなく、今に生きるあなたの、私たちの人生と、根っこで太くつながっている物語でもあります。ですから、作品中の音など具体的に知らなくとも、じゅうぶん読み取れるし楽しめるものであるのは間違いありません。実際、肝心なところは架空の曲だしね。下手に知識がない方が気持ちよく読めるかも。

 ただ、残念ながらこの作品、このレビューを書いた時点で「第一部完」の状態で、話としてはまだタイトルの回収が済んだだけの段階です。どうやら第二部以降も書く気は満々のようですけれど、何しろ多作な人なんで、フォロワーとしてはこの作品にこそ専念してくれと団体交渉したいところ。広く同志を募ります。一緒に圧をかけていきましょう w。