今日はこの辺ではなく、遠くで景色を見てくるらしい。眠い目を無理やり開けながら彼女を待つ。高校生って、キラキラした青春ってイメージしかなかった。僕にとってはそれも無関係だけど。でも、こうやって必死に将来のためにもがくのって、今絶対にやらなきゃいけない。こんなことしていたら、輝かしい青春なんてぶち壊れてしまう。いや、ぶち壊れていいんだ。どうせ過去の思い出は美化されて脳が勝手に覚えてる。この思い出は一生忘れません、大切にします。なんて言ったって、どうせ次の日には忘れてたりする。どんなことがあっても忘れないようなものを、僕も作れたら少しは幸せだろうか。電車が来るまであと10分。彼女が来れば、そんな考えをかき消して、彼女に失礼のないように会話することに必死になる。

「今日はなんと工場見学だよ。電車に乗って、駅から少し歩いたところにあるからね」

改札を通り、電車を待つ。いい加減、どこで何をするのかを前日までに教えてほしい。親に毎回怒られているんだ。勉強をしろと何度言えばわかるんだって。だから僕はもう無駄に勉強道具を持って、勉強をしに行くとしか伝えないようにした。次からはそうしよう。そろそろ殴られてもおかしくない。高校受験だって親の言いなりになったんだから、もう十分だと思うんだけどな。電車に揺られると、どうしても眠気が襲ってくる。つり革を柔らかく握る手がするりと落ちていきそうだった。その感覚のおかげで、僕は今も起きている。電車を乗り換える。どこに向かっているのか聞いてみた。彼女は見事にかわしていった。そっちのが楽しいでしょ?って笑ってる。ここで僕が引き下がったのは、本当にそうだからなのかもしれない。とにかく今は、勉強を強要する親とか、受験の話しかしない先生から離れたところへ行ける。その感覚が、少しだけ悪いことをしているような、でも僕や彼女にとってはとても大切なように思えて、この時間を大切にしたいなんて思った。

「ついたよ」

彼女の声で僕は目を覚ます。慌てて電車から降りて彼女のあとを追った。なんだかさっき、夢を見ていたんだ。幸せな夢。僕の周りには友達がたくさんいて、親も先生も勉強の話なんてしないし、彼女もまた、僕と少し離れたところで幸せそうな顔で笑っていた。夢の中の僕はそれを羨ましいとは思わなかった。改めて思い返すと、変な夢だった。僕の理想は、現実にはない。だって理想だから。理想を目指した結果が現実なんだから、現実も理想と言っていいのかもしれない。というか、そうでもしないと辛いんじゃないかと思う。でも僕が目指す理想は、現実じゃない。それは彼女も同じだ。だからきっと、ここにいる。

改札を通って少し歩くと、大きな工場が見えた。僕が何の工場なのか尋ねた。彼女は秘密だよ、と笑っていた。どうせ工場の中に入ればわかるのに、と顔をしかめながら工場の中に入っていく。彼女は慣れた手つきでお偉いさんを呼んで、案内を頼んだ。知り合いなんだろうな。そうじゃなきゃ失礼に当たりそう。

「この前まで環境に関することばっかりだったから、理系マシマシなの持ってきた」

確か彼女は、数学に強い文系の人だった。ちょーっと頑張れば、理系の仕事にだって就けますよ。そういう意味だろう。少し馬鹿にされたように思えて、僕は思わずつぶやいた。

「僕が理系科目できると思ったの」

「うん、私は君もできる仕事に関するところにしか連れて行かないよ。申し訳ないでしょ、ついてきてもらってるのに変なの見せられてたら」

まあ…と納得してしまったのが少し悔しい。正直、彼女と出歩くようになってから景色が綺麗に見えた。しょうもないことばかり考える僕にとって、これはちょっとしただった。これからの未来を、僕は__。

「…どうだった?楽しかった?」

気づけば僕は、彼女と電車に揺られていた。彼女の声ではっとして適当にうなずく。僕は何を考えていたんだ。忘れてしまった。それが顔に出ていたのか、明日と明後日はお休みしようか、と彼女は笑った。課題もあるしね、なんて続けて少し嫌そうに笑った。わかった、と言うと僕は最寄りの駅の1駅前で降りた。

「用事があるから。じゃ」

僕は彼女の拍子抜けしたような顔を少しだけ嘲笑ったのと同時に、少し申し訳なく思った。


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