玄関のドアの前に、母親が立っていた。鋭い目をしていた。その目に反射的に声を漏らした。

「ごめんなさ」

「あんたね、何してんの?」

さっき出たはずの声が、全く出ない。震えている。どうして僕はいつもこうなんだ。

「親に構ってほしくなくなるほど思い詰めてることがあるなら話しなさい」

母親は珍しく優しい口調だった。だけど違う。この人は、自分が悪者だと思っていない__。

「勉強疲れしてさ。なんか急に家に帰りたくなくなっちゃって…」

待て、ちゃんと言え。言わないとわからないだろう?言ってもわからないような奴に、察してくれなんて言えないだろう?

「…いや、違うよ。家にいると勉強しろってあまりにもうるさいから、逃げたかったんだ。どうしても。僕は__」

「で?あなたテストの順位は?」

「……30くらい」

「はぁー…1桁もいってないのにそんなこと言うかしら?家の環境を言い訳に勉強から逃げるつもり?」

「今テストの話はしてないし、家の環境が悪いから勉強のモチベも落ちるんだ」

「そうやって他人ひとのせいにして!もうちょっとどうにかならないわけ?」

まずい、母親の怒りメーターが。そろそろ、僕も死__。

「あ!帰ってたんだ__あ、こんにちは!」

彼女だった。とんでもなくナイスタイミングだと思った。

「あら!昨日の!また来てもらっちゃって悪いわねぇ」

「いえ!直接渡したかったので大丈夫ですよ!あ、そうだ、はいこれ!ありがとう!」

彼女が僕に無理やり握らせたのは、ただのシャーペンだった。でもこれは僕のじゃない。

「…?これ」

「そうだ!えーと、今日一緒に勉強する予定あるので、行きますね!失礼しますっ」

彼女は僕の腕を乱雑に握って駆け出した。僕は一生懸命に足を動かす。

「待って、これ誰の?」

僕は息を切らしながら言うが、彼女は笑ったまま。

「君の!来年の武器!」

そのまま走り続けて、ついたのは人影のない公園。

「あのままだったら獄死しようとしてたでしょ」

公園について突然の一言。獄死って、なんて笑ったけど、僕は自分の家を地獄なんて表現したんだから、全く間違いじゃなかった。

今日は、お話をしよう。

彼女がぽつりと呟いた。何かあるような言い方だったから、僕は何を話すのか聞いた。彼女は色んなこと!と返事をしてきたが、きっと1つくらいしか話さないだろう。

「君のお母さんは…すごい人だね。さすがにやりすぎだけど、あんなに教育熱心だなんて」

僕は首を傾げる。あんなのがすごい人?君の親はどうしてるの?

「私の親は__私がどんな道を歩もうと興味なし。何かしたいと言えばお金出してくれるし、話も聞いてくれるけど、1つも楽しそうじゃない。むしろ、邪魔だからどっかいって、って言いたそうな目しててさ。勉強してると、そんな無駄なことする暇あるんだね、って笑われて…、なんか…辛いなぁって思うこともあってね」

彼女のコロコロとした話し声に、僕はドクドクとくるものがあった。知らなかった。んだ。

「だから少し君の親御さんが羨ましいとも思ったよ。…まあ君からしたらとんでもない話だろうと思うけど」

「…僕は、何気にこの環境が好きなのかもしれない」

僕は気づけばぽろりと零していた。本音なわけない。それなのに、何か変なことを言ってしまったようだ。

「勉強しろって言ってくるけど、それは僕がしないから、成長できてないからであって、それ以外はきっと優しい人だから__」

こんなこと、思ったこともないのに。僕の呆然とした顔に彼女は笑った。

「__どっか遊びに行こうよ。今日は私の旅じゃなくて、君の旅」

そう言われると、行きたいところなんてなかった。

「…なんか、ゆっくりできるところ」

「いいじゃん!んー…温泉とか?あ、でもそれだと別々になっちゃうからー…あ!足湯!どう?結構近くの場所にあるんだよ!ほら、行こ!」

今思えば、今日の彼女はやけに積極的だった。僕の手を何度も引っ張ってくる。別に勝手にしろとは思うけど。

とりあえず、僕はじごくに戻らず、安らぎを求めに走った。

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見上げた先を僕は知りたい 水まんじゅう @mizumannju

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