夜の東京も悪くない。無駄に明るい照明が目に突き刺さってくる。いや、身体中だ。360°の照明を浴びて、気分は昼だ。不思議な気分だった。なんとかホテルに泊まることができた。窓から見える夜景は綺麗だった。これも明るくなれば道路にはごみだのゲロだのが広がっているんだろう。なんて汚いんだ。勘弁してくれ。そして僕の脳裏に浮かんできたのは、あの川辺だった。あそこで笑っていた彼女だった。…え、朝からごみ拾い?また?東京で?面倒だよ。面倒。飽き飽きだ。……やりたくない、よ。

さて、1人の夜ほど気持ちのいいものはないとわかったところで、僕が平凡になるためにお勉強をしなきゃね。あー勉強道具持って来といてよかったー。やらないとー。僕は重い体を持ち上げて、机に向かった。勉強というのは、始めるハードルが1番高いらしい。それには納得だ。だけど、ハードルと表現するのがいまいち納得いかない。勉強はハードル走みたいにハードルとハードルの間はない。常に走ってるし、常に跳んでるし、なんだろう、空中競歩みたいな__意味のわからない話はやめよう。

電話が鳴った。彼女からだった。どうしたんだろうと思い電話に出た。

「もしも」

『ねえ、おうち帰ってないの?』

「え、なんで知ってんの」

『さっき私に貸してくれたやつ返しに行ったら、友達の家にいるって聞いて』

なんでこういう日に限ってこういうことになっちゃうかな。ていうか、そもそも僕何か貸したっけ。

「…また会った時でいいよ。じゃ」

僕は電話をブツっと切った。気が重い。絶対電話かかってくる。__来たよ。出ようか、出ないほうがいいか…?いや、多分出ないほうが怒られる。

『ねえあんた、勉強しに行ってないじゃない。嘘つくのやめてちょうだい。今日も本当は友達の家になんていないんでしょう?』

ほらね。こうなるんだよ。反発したい。お前らから逃げるためにわざわざ嘘ついてんだよ。僕の勝手にさせろよ。なんで僕がお前らなんかの支配下にいなきゃいけないんだ。って、そう言えたらどれだけ楽か__言わなきゃ、変わらないのか?

「…いるよ、友達の家」

『じゃあ友達の声を聞かせてちょうだい』

「そんなん無理だよ」

『友達は近くにいるはずでしょう?』

「……ごめん」

もう、ダメだ。耐えられない。

「もう僕に構わないでくれ」

『は?どういう__』

電話を切った。ポロポロと涙が落ちる。やっと、言えた。胸につかえたものがすっと消えていく。僕は、僕の道を選んでもいいはずなんだ。また親から電話がきている。間違えて電話に出てしまった。その瞬間にはもう涙は引っ込んだ。

『構うなって何?お母さんが悪者みたいな言い方して!早く帰ってきなさい!どこにいるの!』

「……、………」

『なんとか言ったらどうなの!?』

「……うるさいな」

僕はまた電話を切った。毒親。親ガチャ失敗。典型例かもしれない。そして僕は布団に潜った。涙を拭いて、深い眠りにつく。変な夢を見た。親が僕に優しかった。何をしても肯定してくれた。倫理的にヤバいことさえしなければ怒ることもなかった。いつも僕に笑顔を向けてくれて、一緒に遊びに連れていってくれた。こんな親、現実にいるのだろうか?

パチッと目が覚めた。いい夢にも悪い夢にも思えるその夢の中の親に、僕は会いたいと思った。彼女からメッセージが届いていた。おうち帰ったら教えてね、と。しょうもない。ものを返すためにわざわざ僕の家まで行くとは。わかったとだけ返して、ホテルを出た。思っていたより静かだった。そこで僕は思い出した。そういえば家に帰れない。何言われるかわからない。うちの子じゃないって言われればラッキーだけど、もう家から出るなとか、二度と歯向かうなとか言われたら大変だ。でも、すぐ帰らないと余計に怒られる。今帰って土下座でも適当にしとけばきっと許される。。僕は今、僕の都の中にいる。親に負けるな。彼女から教わっただろう。勇気を出せ。そうして僕は重い足を動かしながら、じごくに向かった。

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