最寄り駅の手前の駅。この辺は田舎なのに、この駅だけは少し発展していた。僕は都会のほうが好き。…ぶっちゃけ、どうでもいいけど。田舎には独特な風習みたいのとかあるし、ご近所付き合いとかの『ご近所』の範囲が異常に広いイメージだし。都会のほうが他人は多いくせに冷たいし、僕みたいな奴をわざわざ構う人なんていない。この駅は手軽に都会を味わえるから、最寄りの駅よりかは好きだと思う。

しかし、僕はなぜこの駅で降りたのか忘れてしまった。彼女に用事があると言ってきたけれど、多分用事なんてなかった。僕はひたすらに輝く彼女に疲れてしまったのだろうか。今日はなぜか、いつにも増して輝いていた気がする。きっと彼女は理系の仕事に就きたいんだろう。彼女の目を見れば、なんとなくわかった。なんで文系クラスにいたのかは謎だけど。彼女のことを考えて意味があるだろうか?僕は眉をひそめて、駅ビルの中にふらふらと入っていった。

もう日も暮れているからなのか、人は少なかった。これじゃ田舎の建物と変わらないじゃないか。田舎は好きじゃないと言っているのに、僕に嫌がらせをしているのだろうか。いいや、僕に嫌がらせをする暇がある人はいない。あー、何しよう。家に帰っても勉強の話するだけだもんなぁ。帰りたくない。でも、この駅ビルももうそろそろ閉店する。どこか別のところに行かなきゃ。

「…東京まで行って、明日の朝にでも帰ろうかな」

そう言葉に出してしまえば、僕の予定は確定した。しかし、泊まれる場所はあるだろうか。いや、東京だぞ。日本の首都だぞ。探せばいくらでもあるだろ。そうして僕は改札を通った。その時、電話がかかってきた。親だ。無視をしようか、いやでも、そしたら家に帰った時怒られる。仕方なく電話に出た。

『あんた、こんな時間まで連絡の1つもなく何してんの!早く帰って勉強をしなさい!もう受験近いのよ!?』

勉強してくるって言ったじゃん。話聞いてないくせに怒鳴ってくんなよ。

「…今日、友達の家に泊まる。明日の朝には帰る」

僕は勢いよく電話を切った。親が何かを言いそうになっていたけど、どうせろくなことは言わない。また親から電話がかかってきた。さすがにもう出る気は起きない。しかし、何度も何度もかかってくる。面倒になってスマホの電源を落とした。それに僕はもう、東京に向かっている。

この時の僕は、きっと果てしもなく目を輝かせていたと思う。ああ楽しみ。親のいない夜はこんなに素晴らしいものだったのか!僕は意気揚々と東京に降り立った。

僕はスマホの電源を入れなおした。彼女から連絡が来ていた。もう家帰ったー?今日はお疲れ様!ゆっくり休んでね!と、まあいつも通りのやつだった。僕もいつも通りに返事をした。

「…都会だ。親のいない、夜だ」

僕は時計を見る。未成年者は遅くまで出歩けない。あと2時間もすれば警察のお世話になる。早くホテルを見つけなくては。その時、また親から電話がかかってきた。あまりのしつこさに呆れて電話に出た。

『早く家に帰ってきなさい。勉強しないために逃げるんじゃないよ』

「勉強するって言って外出ただろ。友達と勉強してそのまま寝るだけだから。もうほっといて」

『…友達の家がそんなに騒がしいわけがないでしょ』

僕の心臓がドクンと動いた。まずい。どこにいるのかバレる。友達の家にいないのがバレた。どうする?変な言い訳なんて通用しない。嘘はつけないぞ。どうしたら、どうしたら__。

『…電波悪いのかな?おーい、もしもーし』

「…騒がしい?嘘だぁ。静かだけどな」

嘘をつくしかない。僕の逃げ道はそこしかない。なるべく綺麗で丁寧な嘘をつけ。どれだけ嘘を重ねても、矛盾しないような。

『もしかして、うるさいと思ったのは電波が悪くてノイズとか混じっちゃったとかなのかな?』

「知らないけどそうなんじゃない?じゃもう勉強の途中だから。さよなら」

僕は電話を切った。多分逃げ切れた。それから親から迷惑電話がかかってくることはなかった。

「今日は、僕の夜だ」

僕は夜の東京に繰り出した。

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