彼女の旅に付きまとう僕は、早朝から川が見える場所に来ていた。そう、昨日も来た場所。こんな近所で夢を拾えたら、どんなに楽だっただろうか。土手に生い茂る草をかき分け、人影の見えるところに移動。坂が意外と急だ。ここで遊んだ記憶はあるのに、ここに来た記憶がない。友達の笑顔はよみがえるのに、僕がどんな顔をしていたか、まったく思い出せない。ここの草はもっと大きかった気がする。刈ったんだろう。草は成長するんだ。小さくなるわけないんだ。

石がたくさん転がっている。彼女はそこに立っている。おはよう。その言葉を出すこともできず、日の出の前の川を隣で眺めた。綺麗だね。彼女はつぶやいた。これを見て、彼女は何を考えるつもりか。いつも見てきた、しょうもない小さな川だ。下流側だし、面白みはないじゃないか。面白いのかな、彼女にとっては。でも少なくとも僕にとってはつまらない。これなら家で寝ていたほうが将来のためになりそうだ。彼女の手のほうでガサガサと音がしたので見てみると、なんか大きな袋と手袋を持っていた。

「今日は川のお掃除だよ」

景色を見るだけでいいって言ったのは誰だったかな。なんて言ってみたけど、掃除は嫌いじゃない。でも暑いしなぁ。僕は眉間にしわを寄せてみた。彼女は手袋をはめ、未来を探し始めた。袋にたまっていくのは、ごみばかり。僕も彼女から手袋をもらい、ごみを拾っていく。ここにこんなにごみが落ちていたとは思っていなかった。何より、と思わせるくらい、風化していた。命を吹き込まれた当時から姿を変えても、命ある者と同じようにもがき、夢を待っていた。彼らは風化して忘れられていくうちに、夢は来てくれないことを気づいていった。彼らは誰かの夢になりたかったんじゃないかな。それなら、君たちは僕と同じだ。

拾い続けても、夢は出てくる。溢れるほど出てくる。見つけてくれて、ありがとう。腐りかけの夢の言葉を横目に、袋に詰める。袋は夢でパンパンだ。尖った夢は袋を突き破り、ここで夢を待つことを諦めたくないようだ。あの人がまた自分を拾ってくれる、その日をここで待っていたいらしい。

この辺の夢は全部拾っただろう。太陽が顔を出していて、お年寄りが上のほうで走っている。誰も僕と彼女に気づいていない。2人で、夢を拾っていることに_。彼女のほうをちらりと見ると、汗を拭きながら幸せそうに夢を袋に詰めている。彼女の顔は影になっているのに、目だけはここから見えるほど輝いて見えた。彼女と目が合う。暗闇の黒猫のように見えるもんだから、少し不気味にも感じた。どうしてかわからないけど、暑いのに凍り付きそうな感じがして、夢を拾う手を止めた。彼女の顔は光に照らされている。その瞬間に、さっきの感覚はすっと消えて、夢をまた探した。でもそれも少し疲れてきて、近くの自動販売機に向かった。

「_お疲れ様」

彼女に渡したのはただの水。これに120円も取られた。それがこの水の夢の価値ではないことを信じて、とりあえず買ってみた。ありがとう、とお礼を言われたのは久しぶりな気がする。地べたに座り、水を飲む。汗とは違って美味しい気がする。彼女の笑顔につられて笑ってみた。人前で笑うのが苦手だった僕としては、これだけでずいぶん成長したものだ。

「昨日より楽しそうな顔してるよ」

僕は驚いた。たかがごみ拾いで幸せになれたら苦労しないよ。彼女に向かってそう言っても、彼女はその表情をやめない。僕は目をそらす。まだまだ旅に付きまとうことになりそうな感じしかしない。川の水面はいつにも増して綺麗に陽光を反射して輝いていた。僕があの時見た景色と、そっくりな気がした。

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