人形の部屋
ikai
人形の部屋
夢、なのだろう。ベージュの壁紙に茶色の木材から垂れ下がるサーモンピンクの天蓋とベット。壁沿いにズラリと並んだガラス張りのこげ茶の棚にはぬいぐるみがズラリと並んでいる。棚には埃一つなく、其れはそれは美しく、可愛らしい部屋。その部屋の中央のベットにまるで人形の様に美しい少女が腰かけていた。キラキラと輝く紫水晶の耳飾り。淡いベビーピンクのフリルスカートが真っ白な肌の上に弧を描く。
……如何したの?
……。
……お客さん?
……。
……そっか、じゃあ、自己紹介しないとね。えっとね、私はぬいぐるみが好きなの。とっても可愛くて、みんないいこ。…私の名前……何だっけ?ああ、この子はブラッティーニ、私のお気に入り。ね、ブラッティーニ。
……。
少女は首からアンティークの鍵をかけた、猫か、はたまた熊か分からない愛らしいぬいぐるみに話しかける。釣られる様に覗き込んでみても見てもその真っ黒な目は意思を写すことはない。
……今日は、ぬいぐるみを作るんだ。今日、完成なんだよ。此処にあるぬいぐるみはみんな私が作ったの、すごいでしょ。この子はリサで、こっちはアリサ、こっちは……
少女が部屋の中を駆け回る。一つ一つに名前が付いているらしく、洋風な名前、和風な名前、様々な個性豊かな名を呼びながら。彼女の指すぬいぐるみを見る限り、動物のぬいぐるみは少ない様で、愛らしい女の子や男の子のぬいぐるみが殆どの様である。彼女がくるりと回るたびに淡いベビーピンクのフリルスカートがふわりと広がり、先程ブラッティーニと言っていたぬいぐるみの手足がぷらぷらと揺れた。
……。
……なあに、ブラッティーニ?
……。
……あ、そうだったね。ぬいぐるみの仕上げするんだった。お客さんが来るなんてこれまで無かったから、新鮮で、つい。じゃあブラッティーニ、探しに行こうか。
そう言うと、少女は机の上からレトロな双眼鏡とアンティーク調の真っ黒な鳥籠の様な物を手に取り、茶色のカーテンをシャーっと開け、ブラッティーニの首にかかった鍵を使って扉を開けると外に出た。のっぺりとしたベージュのバルコニー。所々、紫水晶で飾られている。が、一番目を引くのはそこではないだろう。空が、虹色に輝いていた。ゆらゆらと揺蕩う虹色の空はキラキラと瞬きながらも、その不思議な虹の渦は此方をじっと眺める様に混ざって分かれて生まれて消えてゆく。しかし、少女とブラッティーニはそんな空を気にすることもなく歩みを進めていった。バルコニーの縁からバルコニーの外側へと半円形の展望台の様な物がついており、そこへトコトコと向かっていく。半円形の展望台、そこの一番外側に張り出したところには、大きな物見窓。ロココ調のベージュの柱が均等に六角形を描いて立っている、円錐状ののっぺりとした屋根には赤煉瓦が貼りつけてあった。少女は数段の階段を登り、展望台に着くと物見窓に備え付けられた台にぴょこんと飛び乗り双眼鏡を目に当てがって下を眺めた。空に変調が訪れる。パックリと空が…割れた。否、この虹の渦は空では無いのかもしれない。何故か、何故かって?だって、割れた向こうに空が見覚えのあるそれであったのだから。真っ青な空に白い雲懐かしいその景色が。彼等はその世界を眺めて話し始める。
……ブラッティーニ、どれがいいかなぁ~?
……。
……ん、本当だ。じゃあ、今回はあの子にしようかな。
……。
少女はブラッティーニに話しかけると、双眼鏡のレンズの片方をブラッティーニの方へとずらす、沈黙を保つぬいぐるみと何巡か会話をした後、少女はレンズ越しにある一点を見つめる。その目は先程とは違い、真っ暗な無を写していた。反対に、ブラッティーニの目がきらりと光り、……チクリと棘が刺さったような違和感が襲ってくる。思わず声を、声をあげようとした。が。沈黙。それが響き、声が喉でつかえる。聞こえないはずなのに、それが空へと反響して渦が蠢き、混ざって分かれて生まれて消えていく。……衝撃。一瞬世界が発光した。色と色が混ざり合って世界が白く染まる。……キィーと何かの音が響いた気がした。数瞬後、世界は正常な色彩を取り戻す。もっともあの異常な空は変わっていないが。勿論、パックリと割れた裂け目も。
……ふわふわと何かがその割れ目からやって来た。光を放つ其れは焦点を合わせようとしても、合わない。ぼんやりとしたそれがふわふわと、少女の掲げたアンティーク調の真っ黒な鳥籠のようなものに吸い込まれていく。それは真っ白で、とても綺麗だった。…カシャ。鳥籠の扉が閉まる。少女は鳥籠に囚われた真っ白な光の球を眺めると。
……うん、とっても綺麗。
……。
……そうだね、早く定着させなくちゃ。
……。
少女が虹の空に背を向ける、すると刹那、端の方からじわりと虹の渦が引き伸ばされ、空に開いた裂け目が閉じていく。光の球が入った鳥籠をブラブラとぶら下げながら半円形の展望台から数段の階段を降りベランダ、ベランダから室内へと少女は歩みをすすめていった。ベランダへと続く扉の鍵を閉め、茶色のカーテンをシャーと閉じる。すると窓沿いに右へと曲がり、L字に備え付けられた作業台へと向かって行った。コトリと鳥籠を机の上に置き、卓上のカゴの中から人形を取り出す。真っ白なレースのドレスを着たそれはそれは可愛らしいぬいぐるみであった。
……よいしょっと。じゃあ、始めようかな。
……。
ガタン。とダークベージュの椅子を引き、腰掛ける。キィーと鳥籠の扉を開き、ふわぁと真っ白な光の球が外へと出てくる。ふんわりと天井の方へ浮かんでいく其れを少女は一瞥すると、逾槭h縺薙?鬲ゅr謐輔i縺育オヲ縺医と呟いた。すると、机の上に魔法陣が現れ光の球が魔法陣に吸い込まれていく。ヒュー、ピタリと少女の前で光の球が停止する。光の球が停止したのを見ると、逾槭h縺薙?鬲ゅr螳ソ縺礼オヲ縺医?と呟く。その言葉が広い部屋に鈍く響いた。その瞬間、光の球が純白のぬいぐるみに入って、溶けてゆく。溶けて、染み込んで、光が、篭った。
……できた。名前は…鈴音、ね。
……。
そのぬいぐるみ、鈴音の手を掴むと少女は嬉しそうに微笑み、くるくると回る。淡いベビーピンクのフリルスカートがふわりと広がり、ぬいぐるみの純白のレースがふわふわと揺れた。暫くぬいぐるみを持ち、くるくると回り続けていた少女は鈴音をガラス張りのこげ茶の棚に仕舞う。彼女の前で少女はにっこりと微笑み、ベットに腰掛ける。すると、疲れたのか眠気が襲って来たのか、パタリと糸が切れたかの様にベットに倒れ込んだ。
…無音。何も動く物がない部屋の中。……ああ、なにか気になるものが有るだろうか。この不思議な部屋をふらふら歩き回り、眺める。部屋の一角に気になる物があった。ベットの反対側の部屋の隅に、埃一つない部屋の中で唯一埃を被った赤いベルベット生地。何かを覆い隠している様に見える、何が隠されているのだろうか。そこに近づき、ベルベット生地をを取り払う。そこには、3面びらきの鏡。古びたそれを開いてみる。そこには…真実が写っていた。
ガラス張りの棚の中に飾られたぬいぐるみは色とりどりの光の球に視えた。少女は、人間ではなかった。関節が、手が、足が、人形のそれであった。いま、少女はパタリと操り糸が切れた人形の様にベットに倒れ伏している。そして、鏡に映る真実の中で一番異質な存在。真っ黒な其れ。あのブラッティーニと呼ばれていたぬいぐるみ、少女が抱えていた猫か熊か分からない愛らしいそれは今は邪悪な黒い靄の様に視える。焦点が、合わない。でも、目が離れない。焦点を合わせようとしてしまう。本能的な恐怖だろうか、好奇心だろうか、其れを視なければならない。でも、見てはならない。視る、見えない、視る、見えない……。どうすれば……
……ねぇ、君、見てはいけないよ。
声が頭の中に直接響いてくる、あのブラッティーニから。其れから、声が響いてくる。黒い靄と鏡越しに目が合った様に感じる。全身が泡立つ様な感覚。圧倒的な存在感。そして、恐怖。其れを見てはいけない。
……嗚呼、大丈夫。君は個人的に気に入っているからね、きちんと帰してあげよう。あの子みたいにマリオネットにはしないよ。でも…また此処に来た時は、ね。
そんな声が頭の中に響いて意識が遠のいていく、暗闇に沈んで、沈んで……。
……ピピピッ、ピピピッ。目覚ましの音。ベットから跳ね起きるといつもの天井、ローテーブルの前には小型テレビ。部屋の隅には観葉植物。染み渡る様な安堵が体を支配する。いつもの、いつもの日常だ。水を汲み、テレビの電源をつける。すると、いつもの報道番組。……昨晩、〇〇交差点で交通事故が発生しました。車体トラブルが原因の様で…被害者の名前は齋藤鈴音さん24歳です……手からコップが滑り落ちた。…パリン、ビシャパシャ。テレビの画面には大破した車に、道路にこびりついたブレーキ痕。あの夢の中で世界が真っ白に染まった時、キィーと音がしなかっただろうか。…あれは、何だったのだろう。嫌な予想が頭をよぎる。思わずテレビから目を外し、足元へと目をやる。そこには、割れたコップとこぼれた水。こぼれた水に空が写る。水面に写った真っ青な空に白い雲、懐かしいこの空に、グルリと虹の渦が、あの夢が在った。背筋が凍り付く。身体が固まる。水に濡れたTシャツから水面に水滴が落ちた。波紋が、水鏡を曇らせた。
…数分後、また空を映した水面にはいつもと変わらない、懐かしい空が映っていた。
ああ、其れは夢なのだろうか。
人形の部屋 ikai @ikai_imaginary-solution
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。人形の部屋の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます