第3話 真夜中のトランプ勝負

 夜になり、ニハルはこっそりと自分の部屋を抜け出すと、カジノに併設されているホテルへと向かった。


 奴隷バニーの身分ではあるが、カジノとホテル内は自由に行き来できる。これは、太客が来た時に、いつでもバニーが夜のお世話をしに行けるようにしている、カジノ側の配慮である。


 イスカが泊まっている部屋まで行ったニハルは、コンコン、と扉を叩いた。


 しばらくしてから、イスカは扉を開いた。

 そして、ニハルの格好を見て、ギョッとして身を強張らせた。


「あの、ニハルさん。どうしてバニーの姿で」

「カジノバニーは、みんな、寝る時もこの格好なの。あ、大丈夫、定期的に着替えてるから、臭くはないと思うよ」

「そ、そういう問題じゃなくて……」

「ふふふ、気まずい? こんなエッチな格好の女の人と、夜中に二人きりだと♪」


 あまりにもイスカの反応が可愛らしいので、ついついからかいたくなってしまう。


「へ、平気です」


 ちっとも平気じゃなさそうな感じで赤面しながら、イスカはプイッと顔を背けた。


「さて、と。まず話をする前に、聞いておきたいことがあるわ」


 部屋の中に入り、ベッドに腰かけると、ニハルはすぐにイスカへと尋ねた。


「なに?」


 イスカはなるべくニハルのバニー姿を見ないようにしながら、問い返す。


「私は、一等の領地が欲しいの。カジノバニーの私には、ギャンブルをする権限がないけど、お客さんからカジノコインを譲渡してもらうことは許されているわ」

「そうなの?」

「たぶん、カジノ内では現金のやり取りが禁じられているからでしょうね」

「でも、どうしてそんなルールが? お客さんがバニーさんにコインを渡すメリットなんて、ないと思うけど」

「あるよ。例えば、夜のお世話をしてもらったお礼に、とか」


 その話を聞いて、イスカはボンッと音を立てそうなほどに、顔を真っ赤にした。この手の話には免疫が無いようである。


「もらったコインでギャンブルはできないけど、賞品と交換することはできるの。だから、君がコインを荒稼ぎして、私にも山分けしてくれれば、一等の領地を手に入れることができる。もちろん、残った分で、君は剣を取り返せばいいわ」

「でも、僕には、ギャンブルの才能なんてないよ」

「それがいいの。目くらましになる」

「?」


 ニハルが何を言いたいのかわからず、イスカは小首を傾げた。


「それで、聞いておきたいことっていうのは、他でもないわ。もしも私が協力することで、君がコインを荒稼ぎできるなら、私にコインを山分けしてくれる? それを教えてちょうだい」

「うん。本当にコインを稼げるんだったら、そうするけど」

「決まりね」


 ニハルは微笑んだ。その笑みの愛らしさに、イスカは戸惑ったように、目を泳がせている。


「私は、スキルを持っているの。『ギャンブル無敗』のスキル」

「『ギャンブル無敗』?」

「そ。どんなギャンブルでも、絶対に負けない……必ず勝つ、っていうスキル」

「本当に、そんな力が?」

「試してみよっか」


 胸の谷間からニハルは五枚のトランプ札を取り出した。その際に、たわわな乳房がプルルンと揺れたので、イスカは慌てて目をそらした。そんなイスカの初々しさに、ニハルは胸をキュンとさせながら、ベッドの上に、トランプの札を並べた。


「この中に、ハートのエースが入っているわ。いまから順番に、カードをめくっていくけど、何枚目で私がハートのエースを引き当てるか、それを当てっこしよ」

「えっと、じゃあ、僕は三枚目で」

「私は四枚目にするわ」


 それから、ニハルは、端から順にカードをめくっていく。


 一枚目。ハートのキング。

 二枚目。ハートのジャック。


 そして三枚目……は、ジョーカー。


「外した」

「じゃあ、次、めくるね」


 四枚目をめくると、見事に、ハートのエース。ニハルの読みが当たったことになる。


「もう何回かやってみよ♪」


 同じことを、五回繰り返した。

 だが、五回とも、ニハルの勝ちだった。


「あの、次からは、僕がカードをめくってもいいですか?」

「いいよー。そしたら、私は、一切手を触れないね」


 しかし、イスカがカードを触るようになっても、結果は同じだった。

 十回やっても、十回とも、ニハルの勝ち。


「あの……そのスキルの破り方を、思いついたんですけど」

「どうぞ。やってみて」

「あからさまにずるい手だけど……」


 イスカは、今度はカードを並べる時に、しっかりとハートのエースの場所を確認した。右から二枚目。これで確実にニハルに勝てる。


「僕は二枚目」

「じゃあ、私は五枚目ね」

「え⁉」


 イスカが右から二枚目にハートのエースを置いたことは、仕草を見ていても明らかなことだ。それなのに、ニハルは五枚目を選んだ。


 まさか、とばかりに、イスカは右から二枚のカードを一気にめくった。


 一枚目はハートのクイーン。


 そして二枚目は――まさかの、ジョーカー。


「な、なんで⁉」


 続けてめくっていき、最後の五枚目を、震える手でめくる。


 そこには、ハートのエースがあった。


「これが私のスキル。『ギャンブル無敗』。相手がイカサマをしたところで、その結果を書き換えちゃうの。だから、絶対に勝てる」


 それから、ニハルは、イスカの目を覗きこむように見つめてきた。


「どう? 私のスキルのこと、信じてくれたかな?」


 イスカはすっかりニハルに飲み込まれて、声も出せずにいる。

 このスキルがあれば、確かに、どんなギャンブル勝負であっても勝てそうだ。


 だけど、問題はひとつある。


「ニハルさんがそのスキルを持ってても、意味ないんじゃ? 賭けるのは僕だから」

「ところが、このカジノには『代打ち』のシステムがあるの」

「『代打ち』?」

「いまから説明してあげるね」


 ニハルはニコッと笑った。

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