第2話 東国の少年イスカ

(危なかったぁ……! スキルのおかげで助かったけど……!)


 ニハルは胸をドキドキさせながら、カジノのフロアへと戻った。


「大丈夫だった? オーナーに、呼ばれたって、聞いたけど……」


 同僚のバニーガールが心配そうに声をかけてきたが、ニハルはあっけらかんとした表情で、ヒラヒラと手を振った。


「平気、平気♪ ただの事務的なお話だったよ♪」

「そ、そうなの? 私、また、てっきり」

「とにかく仕事に戻ろ♪」


 なお気にかけてくれる同僚のことを放って、ニハルは給仕の仕事を再開する。


 カジノには三種類のバニーガールがいる。バニーガール達を統率するマザーバニーと、ギャンブルの親として活動するディーラーバニー、そして飲み物や食べ物を給仕するウェイターバニーだ。

 ニハルは、その中でも、最も身分の低いウェイターバニーをやっている。


 家なき者として、帝国の奴隷となったニハルがカジノで割り与えられた役目は、そんなものであった。


 ウェイターバニーは、特にオーナーに狙われやすいが、そうでなくても金を持っている太客が来た場合は、非公式にその相手をさせられることもある。相手、とは、もちろんいやらしいことを伴う行為の相手だ。

 カジノは娼館ではない。が、それは、表向きの話である。裏では様々な欲望が渦巻いている。


 そんな危険な空間で、ニハルが一年間、無事に処女を守り通せたのは、帝国に捕まる前、砂漠を放浪中に出会った、砂漠の女神のお陰である。


『あなたに力を授けましょう』


 いきなり現れた女神は、有無を言わさず、ニハルにスキルを与えてきた。


 この世界では、選ばれた者のみ、神様からスキルがもらえる。特にこの大陸で広く信仰されているクーリア教の信者達から選定されることが多い。しかし、ニハルはクーリア教の信者ではない。


 なので、なんで自分がスキルをもらえたのか、ニハルにはわからなかった。


 かわいそうな境遇の自分に同情したのだろうか。


 とにかく、「ギャンブル無敗」のスキルを手に入れたニハルは、その力を使って、これまでなんとかやり過ごしてきたのである。


 だけど、このスキルの弱点は、「相手がギャンブルを受けてくれなかったら効果がない」というところにある。


 ルドルフとの賭けで手に入れた猶予は、一週間。


 たったの一週間。


「あーん、もう! もっと吹っかければ良かったかな。一ヶ月とか……」


 ブツブツと文句を呟くニハル。けれども、あまり極端なことを言っていたら、それこそルドルフに賭けを受けてもらえなかった可能性がある。


 一週間後も、また、ルドルフは賭けに乗ってくれるだろうか。


「……無理。絶対、あいつ、力任せに襲ってくるよ」


 スキル以外は、特に際立った能力を持たないニハルだ。非力な少女ゆえに、男に力尽くで襲われたら、屈するしかなくなる。


「はああ。私がカジノバニーじゃなければ、あれに挑戦するのに……」


 ドリンクグラスを載せたお盆を運びながら、ニハルは、壁の高いところに架けられたボードへと目をやった。

 そこには、カジノコインと交換できる賞品が書かれている。


 その中でも特に目玉なのが、一等の「領地」である。

 帝国の辺境にある田舎で、とある貴族が治めていたが、ある日突然老衰で亡くなり、ぽっかりと空白になった土地だと聞いている。

 住民達はすでに他の村や町に移転しており、人っ子一人いないそうだ。


 正直、一等としての価値はない。手に入れたところで、普通の人間には持て余してしまうのが関の山だ。帝国も、扱いに困って、カジノに扱いを押しつけてきたのだろう。


 でも、ニハルにとっては、たった一つの希望である。


 領地をもらえる、ということは、帝国から正式に領主として認められる、ということになる。つまり、奴隷からの脱却だ。


「はああ、ほしいなあ……」


 いま一度ため息をついた、その時だった。


「はああ……」


 隣で、自分と同じように賞品ボードを見上げながら、ため息をついた人間がいたので、思わずニハルはそっちのほうを見た。


(女の子……?)


 最初、そういう風に見えたが、よくよく見ると喉仏もあるし、少年のようだ。


 少年は、ニハルより、少しばかり身長が低い。可愛らしい顔で、ポニーテールの髪型をしているから、女の子に見間違えるのも無理はない。

 着ているのは、東の島国桜花で見られる「キモノ」と呼ばれるものだ。そちらの出身であるのは間違いない。


 ニハルは、胸がキュンとなり、頬が赤くなるのを感じた。

 かなりタイプの男の子だ。


「ねえ、君。何か欲しい賞品でもあるの?」

「え⁉ あ、ご、ごめんなさい、何か迷惑でした?」

「ううん、大丈夫。それより、君が見ているものが何か、気になって」

「僕、あれが欲しいんです」


 少年が指さしたのは、二等の賞品である。東洋の名剣「雷迅刀」。


「ふうん。ひょっとして、君ってサムライ?」

「まだまだ見習いですけど……一応」

「すごぉい! 私、サムライって初めて見た! ねえ、名前教えて」

「イ、イスカ、です」

「イスカ君ね。私は、ニハル。ここのバニーガールをやってるの。よろしくね」


 握手をしようと、ニハルが手を差し出すと、イスカは目をそらしながら、何やら恥ずかしそうにモジモジしている。


 その仕草に、ニハルはますます胸を高鳴らせた。


「ひょっとして、イスカ君……私のこの格好に、照れちゃってるの?」

「あの……僕の国では、そういう格好の人、滅多に見なかったから……」

「かーわいい♪ ねえねえ、何歳?」

「十四です」

「じゃあ、私より三つ下だね。私は十七歳」


 それから、ニハルは話を元に戻した。


「どうしてあの剣が欲しいの?」

「僕の家に代々伝わっていた家宝なんです。でも、戦争に負けて、奪われちゃって。売り飛ばされた末に、このカジノにあるって聞いて、取り返しに来たんですけど……」


 はあ、とイスカはため息をついた。


「さっきもちょっとギャンブルやってみたんですけど、連敗で……僕には、向いてないです。それなのに、どうして剣を取り返せましょうか」


 その話を聞きながら、ニハルは閃いた。


 この少年、自分の協力者として、まさにうってつけではないか。


「ちょっとこっちに来て♪」

「え⁉ あ、あの、何を……⁉」


 ニハルは、イスカの腕を引っ張ると、フロアの隅へと移動した。ここなら、他の誰かに話を聞かれることはない。


「私が協力してあげてもいいよ。コイン稼ぎ」

「ええ⁉ それって、まさか、ズルをするってことじゃ」

「ううん。ちゃんと真っ向から勝負するの。ギャンブルで」


 そう言って、ニハルはウィンクした。

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