第80話 「天帝だ!」
「天帝だ!」
その声は、突然雲の上から降ってきた。
世界中のありとあらゆるところに届く、老人の声。年老いてはいるが、力が篭もっており、エネルギッシュである。
天帝――それは、存在こそ示唆されていたものの、誰も姿形を見たことがなかった、最高神。
各地にいる神々を束ねている、最も位の高い神。
言い伝えでは、天帝は、神々の間で行われる何らかの勝負によって、何千年かに一度、在位する神は交代しているらしい。職能が創造や破壊といった、もはや概念的な力を有する神であっても、天帝になれるとは限らない。すべては、神々の勝負次第。場合によっては、本来ならば大して力の無い神が、天帝となることだってあり得るのである。
だが、なぜ、天帝は突然、人間界への呼びかけを始めたのか。
その理由は、すぐにわかった。
「この度、新たな天帝の座を賭けて、神々で競い合うこととなった! ――が、しかし、我々神々としては、いまや平穏安寧な生活を送っているがゆえ、お互いに争うようなことはしたくない! したくないのである!」
全世界の人々は、困惑し、誰もが次の言葉を待った。いったい天帝は何を言わんとしているのか、そのことをはかりかねていた。
「よって、人間達に命じる! 我ら神々に代わり、競い合うのだ!」
まさに青天の霹靂であった。
※ ※ ※
当然、天帝の言葉は、カジノにも届いていた。
ニハルは緊急で仲間達を集めると、会議を開いた。
その会議の場には、まだカジノに滞在中であったサゼフト王国のナイアーラ女王も参加した。
「この分だと、あちこち大混乱じゃろうな」
「まさか、いきなり天帝なんてのが現れるなんて……」
「存在だけは噂されておったが、ここに来て、目立った動きを見せるとはのう」
「で、その天帝様の言葉に関してだけど」
ニハルは一旦黙ると、その場にいる全員を見渡し、それから口を開いた。
「みんな、無視するようにね」
一同、ポカンとする。
そもそも天帝はまだ具体的なことは何も話していない。人間同士で代理で戦い合え、ということしか言っておらず、それ以上のことは何もわからない。どうすればいいのかわからない。
そんな状況であるのに、ニハルは、先んじて「無視するよう」言ってきた。
「おねーさま、言われなくても、私達、特に何かする気はないけど……」
ライカの言葉を受けて、ニハルはため息をついた。
「わかってないなあ」
「え?」
「ただでさえ、成り行きでガルズバル帝国と敵対しちゃってるのに、この上神々の代理戦争なんかに巻きこまれちゃったら、いよいよ争いは避けられなくなっちゃうでしょ。私、そんなこと望んでないの」
「ガルズバル帝国と戦う気はないの? おねーさまは」
「できれば平和なままでいたいなあ、って」
「そんなこと言っても、状況的に無理よ! サゼフト王国と同盟まで結んじゃったから、いよいよガルズバル帝国は私達に睨みをきかせてくるわよ!」
「それでも――私が望むのは、スローライフなの」
ここに来て示された、ニハルの意思。
あくまでも戦いではなく、平和で安定した生活を送りたい。
そんな気持ちを感じ取った、場にいる一同は、黙りこんでしまった。そりゃもちろん、誰だって、のんびりスローライフを過ごせるのなら、それに越したことはない。だけど、天帝なんてものが出てきて、人間による神々の代理戦争を命じてきた以上は、それに従わないといけなくなるだろう。
「とにかく、何が起きようとも、変なことに巻きこまれないよう気をつけて――」
その時であった。
窓の外から輝く光球が飛んできたかと思うと、部屋の中に入ってきて、ニハルの目の前にフワフワと浮かび始めた。
かと思うと、その光球は人の形を取り、やがて、一人の女性の姿となった。
砂漠の女神だ。
「ああ⁉ 女神様⁉」
「久しぶりね、ニハル。私がここへ来た理由は、察しがつくでしょう?」
「ま、待って、私――」
「神々の代理戦争が始まったわ。どの神も、自分の代理として戦う人間を探し求めている。私もまた、例外ではないわ」
「女神様も、まさか、天帝の座を狙っているの⁉」
「当たり前でしょ。天帝になったら得られる恩恵は、絶大なものよ。狙うしかないじゃない」
そして、砂漠の女神は、ニハルのことを指さした。
「私の代理は、あなたに決めたわ。ニハル」
ガタン、と椅子を鳴らし、ニハルは後ろへと下がった。イヤイヤ、と首を横に振り、全力で砂漠の女神の指名を拒絶する。
「な、なんで私なの⁉ 私なんて、スキル以外、何も能がないのに!」
「そのスキルが重要なのよ。私が与えたものは、天界でも特にレアなスキルなの。条件は賭け事に限られるけれど、ひとたび整えば、無敵の強さを誇る。『ギャンブル無敗』のスキルが、必要なのよ」
「いや……! 私、絶対に、そんなのにいや!」
「拒否できると思うの?」
砂漠の女神は、そこで、邪悪な笑みを浮かべた。
ニハルはゾッとした。ここに至って、この女神は、決して国を失った自分のことを哀れんでスキルを与えてくれたのではないのだ、と悟った。まさにこの機、この時のために、種を蒔いておいただけに過ぎない。ニハルのことを、ただの道具としてしか見ていない。
「断るならば、あなたには最も残酷な形で、処女を失ってもらうわ。それでもいいの?」
そのとんでもない言葉に、ニハルは、一気に血の気が引くのを感じた。
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