第6話 麻雀対決

「あはは! 来たね! 来たね! 待ってたよ、君達!」


 麻雀の卓のディーラーバニーであるクークーは、喜びの声を上げた。彼女だけは、他のバニーと違い、レオタードに東洋柄の刺繍を施している。髪の毛もお団子ヘア。東の大国ファンロンの出身である彼女なりのオシャレなのだろうか。


「さあ、席について! 対戦相手は揃っているよ!」


 それまで座っていた一人をどかし、イスカが座るスペースを開けてくれる。


 一度は着席したイスカだったが、麻雀なんてまったくルールがわからないので、すぐにニハルへとバトンタッチした。


「やっぱりね。レジーナの卓の様子が見えてたよ。君が相手するってことだね、ニハル」

「そ♪ 代打ちやらせてもらうね♪」

「ちなみに、ニハルは麻雀をやったことは?」

「ゼロ! まったくやったことなーい!」

「は……⁉」


 呆れた表情のディーラー・クークー。


「役とか、そういうのも、わからないの……?」

「そーだよ♪ やりながらおぼえてくね♪」


 他二人の対戦相手のオッサン達も、呑気なニハルの様子に、苦笑を浮かべている。麻雀は玄人でも読み合いに苦戦するゲームだ。役の作り方も知らない素人が入って、勝てるようなものではない。


 ところが――


「あ! それちょーだい! それくれたら、なんだか揃う気がするの!」


 クークーが出した牌を指さして、はしゃいだ声を上げるニハル。


「いいの? 役とかじゃなかったら、お手つき……ペナルティだけど」

「きっと平気な気がするんだ♪」


 そう言って、クークーの牌を手元へと引き寄せると、一気に、自分の手持ち牌を表へと向けた。


「ね♪ ほら、見て♪ なんだか似たような文字がいっぱい並んでて、綺麗♪」

「えええええ⁉ 九蓮宝燈⁉」


 いきなり初手からの役満に、クークーは思わず叫んだ。九蓮宝燈は、今日初めて麻雀をやるような素人が出す役ではない。ありえない。


 クークーは、同卓の他の二人を睨みつけた。まさか、結託してイカサマをしたのではないか、と言いたげな目つきである。それに対して、他二人のオッサン達は慌てて首を横に振った。


 そこからも、ニハルの連チャン勝利は止まらなかった。


「きゃー! 綺麗な色いっぱーい! これってなにー?」

「こ、国士無双ぉぉ……⁉」


「なんか、今度はちょっと地味になっちゃったけど……これも役かな?」

「ひいい! 四暗刻(スーアンコウ)、字一色(ツーイーソー)、大四喜(ダイスーシー)⁉」


 次から次へと、役満を連発するニハル。もはやビギナーズラックを超えた快進撃に、クークーは悲鳴を上げ続けた。


 この麻雀卓で、コインの数をさらに増やしたニハルは、もう十分とばかりに立ち上がった。


「じゃ、これで♪」

「待って! 勝ち逃げする気⁉」

「当たり前でしょ♪ 勝ってるうちに、終わらせないとね♪」

「きーーー!」


 悔しそうに呻くクークーを尻目に、ニハルは麻雀卓を後にした。


 その後も、他のギャンブルで勝利を重ね、ニハルは、あっという間にコインを四千三百五十枚まで増やしたのである。


 ※ ※ ※


「かんぱーい!」


 ホテルの部屋で、グラスをぶつけ合い、ニハルとイスカは今日の勝利を祝している。


 ニハルのグラスにはニンジンジュースが入っており、イスカのグラスにはブドウジュースが入っている。


「よく、そんなの、飲めますね……」


 イスカは気味悪そうに、ニハルのグラスの中を覗きこんだ。


「美味しいよ、ニンジンジュース」

「僕、野菜が苦手なんで……」

「えー! 信じられない! 見た感じ、野菜とかよく食べそうなのに」

「できれば、お肉料理がいいな……」

「わ、見かけによらず、肉食系なんだね♡」


 すっかりイスカに夢中なニハルは、とろんとした目つきで、彼のことを見つめた。もしもイスカが望むのであれば、今晩、どうかなっても構わない、とすら思っている。


 そんな艶っぽい空気を察したイスカは、慌てて首を横に振った。


「全然! 全然だよ! 豆料理とかも好きだし、果物だって食べるし……!」

「兎肉は? ここに美味しい兎肉があるよ~♡」


 わざと胸の谷間を見せつけながら、色っぽく、ニハルは迫ってみた。


「ふふーん♪」

「え……もしかして、ニハルさん、酔ってます?」

「ちょっといい気持ち~♪」

「飲んでるの、ニンジンジュースですよね……?」

「こーら、肉食系~。そっちが食べないなら、私が食べちゃうぞ~」


 ニハルは、唐突に、イスカの頭を両手で押さえ込んだ。そして、ガーッと大口を開けて、イスカのことを丸かじりするような素振りを見せる。


 その弾みで、互いの鼻先が、チョンと触れ合った。


「あ……」


 間近に、イスカの瞳が見える。澄んだ湖のような綺麗な瞳。ニハルはトロンと見惚れてしまう。


 グイッ、とイスカの体を引っ張った。そのままベッドの上に、一緒に倒れ込む。


「ニ、ニ、ニハルさん……⁉」


 柔らかいおっぱいの谷間に、顔を埋める形になりながら、イスカは慌てた声を出した。


「イスカ君……兎肉、食べていいよ♡」

「あ、でも、それは……」

「本当は、君だって男の子なんだから、こういうの好きでしょ♡」


 そう言って、ニハルは両のおっぱいを左右から押して、イスカの頭を挟み込んだ。


むにむにと気持ちのいい感触が、こめかみに伝わってきて、イスカは脳内がクラクラしてくる。


「だ、だめ――!」


 欲望に押し流されそうになるのを耐えて、イスカは、ニハルの体を引き剥がした。


 たちまち、ニハルは酔いからさめたか、スンとした表情になり、唇を尖らせて立ち上がった。


「いーよ、いーよ。私なんて魅力ないんだ……」


 白いレオタードに包まれた柔らかそうなお尻をイスカに見せながら、部屋のドアまでニハルは向かう。そのお尻を、イスカはゴクリと喉を鳴らして見つめながら、慌てて手を伸ばして、ニハルを止めようとした。


「ま、待って! ニハルさん! 僕は――」

「明日も勝とうね、イスカ君♡」


 イスカの言葉を遮るようにして、ニハルは振り返り、小さく手を振った。そして、さっさと部屋から出ていってしまった。


 ふう、とため息をつく。


「ちょっと強引すぎたかな……イスカ君に嫌われたらどうしよ……」


 そんなことを言い、廊下を歩こうとした、その瞬間。


 背後から複数の駆け足の音が聞こえてきた。


「な、なに⁉」


 ただならぬ雰囲気に、急いで振り返ったニハルだったが、あっという間にその体は拘束された。襲ってきたのは屈強な男達だった。背中に回り込んだ一人がニハルを羽交い締めにし、もう一人が口を手で押さえつけて声を出せないようにし、残り二人の男が周りを取り囲む。


(や……! いやぁ!)


 いきなりの暴力を前にして、恐怖とパニックにとらわれたニハルは、涙目になって、ジタバタと抵抗する。


 だが、押さえつけている男達の力は強く、あらがいようがなかった。

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