第4話 初戦はポーカーで

「ルールが掴めていないとか、手を怪我していて動かせないとか、そういう人のために、ウェイターバニーが代わりにギャンブルをやってあげる、それが『代打ち』なの」

「いいの? カジノの人が、代わりにやっちゃっても」

「別に、何も問題はないわ。だって、やるのはギャンブルだよ。基本的に運任せの勝負なんだから、誰がやったって同じでしょ」

「それはそうだけど、相手も同じカジノの人だから、手心加えたりとか、そういうことはないのかな、って」

「むしろ逆ね。二人で協力して、カジノ側が勝つように仕向けることのほうが多いかも」

「それじゃあ、お客さんにとっては、デメリットのほうが大きいんだね」

「そういうこと。だから、普通は『代打ち』なんて頼まない。普通は」


 そこで、ニハルは、自分のことを指さした。


「でも、君も見たでしょ? 私の能力。何をやっても絶対にギャンブルに勝てる力。これがあるから、カジノ側が何を仕掛けても、全然気にすることはない。つまり、私が君の『代打ち』をすればいい、ってわけ」

「弱点はないの?」

「うーん、いまのところ負けたことがないからわからないけど……強いて言うなら、相手がギャンブル勝負に乗ってくれなかった時、とかかなあ」

「そもそも戦ってくれないから?」

「だね。あんまり勝ちすぎると、勝負を断られちゃうことだってある。そうなったら、お手上げ。私のスキルは、あくまでもギャンブルでしか生かせない。他の勝負に持ち込まれたら、その時点でアウト」

「とにかく勝てばいい、ってわけじゃないのか……」

「うん。しかも、私にとって死活問題なのは、私がこのスキルを持っている、って知られること。もしもみんなにバレたりしたら、誰もギャンブル勝負を引き受けなくなるから、何も出来なくなっちゃう」

「えええ、そしたら、僕に教えちゃってよかったの⁉」


 クス、とニハルは笑った。イスカは、本当にいい子なんだな、と思う。


「君を信じてるよ♪」


 そう言われたイスカは、これまでの弱々しい態度から一転して、たくましい表情になった。決意を宿した目で、まっすぐに、ニハルのことを見つめてくる。


「わかった。僕も、ニハルさんのことを信じる」


 イスカの言葉を受けて、ニハルは、とろけそうなほどの昂ぶりを感じていた。


(もう……この子……本当に、好き!)


 すっかりイスカにメロメロなニハルであった。


 ※ ※ ※


 翌日から、さっそくニハルとイスカは、練習を開始した。


 まずは、イスカの滞在費用を稼ぐこと。

 ホテルに支払っている料金は、二泊分だけなので、追加でお金を納めないと、明日にはこのカジノの地から追い出されてしまう。


「スロットマシーンはダメ」

「どうして? 稼ぎが小さいから?」

「それもあるけど、あんな単純なギャンブルで、『代打ち』をしていたら不自然でしょ。そういうところで目立たないほうがいいわ」

「そうしたら、どこがいいのかな」

「今日は、あれにするよ」


 と、ニハルが指さしたのは、ポーカーの卓だ。それも、ディーラーと一対一で勝負するタイプ。

 黒いタキシードを羽織った、赤いバニースーツのバニーガールが、静かにお客さんとやり合っているのが見える。


「あの子はレジーナ。クールで優秀なディーラーよ。だから、私達が変に勝ったとしても、むやみやたらに騒いだりはしない。初回の相手としては適切だわ」

「えっと、どうすれば」

「いまのお客さんの後ろに立って、順番待ちして。私はしばらく、ウェイターの仕事をしているわ。タイミングを見て、声をかけてあげるから」

「う、うん、わかった」


 ニハルと別れて、イスカは、ポーカーの卓へと近寄った。


「……フルハウスです」

「ああ、くそ!」


 ディーラーバニーのレジーナが、冷たく澄んだ声で自分の手を宣言するのと同時に、客は頭を抱えて、テーブルの上に突っ伏した。


「……もう一勝負しますか?」

「ダメだ! 今日はツイてねえ! やめだやめだ!」


 酔っているのか、怒っているのか、客は禿げた頭の先まで真っ赤にして、席を立った。


 ふと、イスカと目が合うと、禿頭の客はフッと卑屈な笑みを浮かべた。


「色っぽいバニー相手だからって油断するなよ。あいつ、とんでもないやり手だぜ」


 禿頭の客はふらついた足取りで去ってゆく。その後ろ姿を見送っていたイスカの背に、レジーナは声をかけてきた。


「……やりますか? ポーカー」


 やりますか、と言われても、ルールがよくわからない。けれども、稼ぐためには、やるしかない。


 残り少ないコインをテーブルの上に置き、イスカは着席した。


 レジーナは、バニースーツが赤いだけでなく、髪の色も赤い。男のようなショートヘア。端正で整った顔をしている。自分の師匠にどこか似ているな、などと考えながら、相手の見目麗しさに、思わずイスカは見惚れてしまっていた。


「……なにか?」


 冷たい声で問われて、イスカは我に返った。


「えっと、あの、実はポーカーってやったことなくて」


 正直に、そう伝える。


 レジーナは、この場違いな少年を前にしても、特に意地悪なことは言わず、淡々とトランプをシャッフルしながら、説明を始めた。


「ポーカーとは、五枚の札を使って、役を作るゲームです。その役の強さによって勝敗が決まります。カードの役は、基本的には同じ数字で揃えることでペアとなり……」

「う、うん……?」


 親切に教えてくれるのはありがたいが、すぐには頭に入ってこない。


「まずはやってみましょう」


 ルールの理解が追いついていないにもかかわらず、レジーナはカードを配り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る