Ⅳ 影
心地よい光の影。ささやかな話し声。そして……それと全くかけ離れている教室。
理想と現実の違いとはまさにこのことである。
「そういえば僕、部活入るかも」
「え~!?」
如月の叫び声が耳をつんざく。
「天城、ついに部活を……! いやないないない」
「いやいやいや」
「いやいやいやいやいやぁ……」
いやよく考えてよ、と如月は話を続ける。
「天城が、部活? え、ぶかつ? 他にぶかつって読む漢字ってなんかあった? 無粋の無に活動の活で無活、あ~なるほどね、つまり何もしてないと」
「いや部長の部に活動の活で部活ですけど???」
さも当然のように、というかどこをどのアングルから見ても事実であることで堂々と反論すると、双方、沈黙が訪れた。
直後如月が痺れを切らしたように話し始める。
「うん、まぁとりあえずいったんこの件は保留ってことで」
「不毛な議論をする余地がなくなった、って解釈でいい?」
「そういうことにしておこう」絶対思ってねぇ。
そして、僕たちは各々の授業準備のために別れることにした。
いわゆる「アディショナルタイム」ってやつである。
アディショナルタイムってことは?
そう、第二回戦である。正確にはその〝予定〟であるが。
「やったね、また遊べるドン!」なんて声が聞こえてくる気がする。それはさておいて。
連日如月と休み時間を毎回一緒にいたいとかそんなイタイ考えから僕が如月にわざわざ部活に加入するかもしれない意向を伝えたわけではなく、これにはれっきとした理由がある。それを説明するためにひとまずメールの内容を思い出してほしい。
『とりあえず、明日の放課後さ、体育館あたりに駐輪場あるじゃん? とりあえずそこに来て~(*'▽') よろしく!』
ここでのキーワードは「体育館あたりに駐輪場ある」である。勘のいい方々はお気づきだろうか。そう、僕は、なんと!
「体育館あたりの駐輪場」の場所がわからないのである。
そこで一つ、言い訳させてほしい。
この学校の地図に、〝駐輪場〟と呼ばれているところは存在しない。……僕がコミュ障どうこうによらず、である。
……さて、話がこんがらがってきたので、ここで一度まとめよう。
「つまり、如月、人脈の多いお前に〝駐輪場〟と人づてに呼ばれている地名を教えてほしい」
この言葉を口火に、第二回戦の本格的な始まりの火蓋は、切って落とされた。
◇ ◆ ◇
「う~ん、どうしようか?」
「どうしようもないね」
「とりま、体育館の周り、回ってみますかぁ」
そう言い、如月は伸びをしながら僕の前を行く。
名誉ある第二回戦の結果、彼がいろいろ人脈を伝って聞いてみてくれたのだが、〝駐輪場〟は、やはり言葉としても存在していないことが分かった。分かったのはいいけれど、そうすれば集合できるかって言う点ではもちろん。全くそうではない。そこで僕らは途方に暮れていた。
ちなみに僕の前を鼻歌を歌いながら行く如月は、僕がついてきてほしいと言ったら快くついてきてくれた。もちろん、500円をしっかり徴収された上で。
そうして、放課後二人はまずは体育館の周りを回ってみようか、ということになったのだった。
──数分後。体育館といえども、いうほど一周するのに時間はかからなかったのだが……「なくね?」と、如月の声がこだまする。
「ないね」
薄々感づいていた予感は当たり、〝駐輪場〟と思わしきところはなかった。あったのは、虫の死骸と、如月の気が抜けた鼻歌だけである。
これからどうしようか、と言おうと思ったところで如月が「あ!」とこれ見よがしに声を出した。
「そもそも〝体育館〟じゃないんじゃね?」
急に何を言い出したかと思うと、『〝体育館〟じゃない』?
「どういうこと?」
「いや、多分さ、これって〝謎解き〟なんじゃない?」
「え?」
いささか常識を逸脱した、その可能性に驚きつつ、如月の議論を催促する。
「あくまで僕の考えなんだけどさ」
直後、如月の議論に僕は震撼する─なんてことはなかった。
「部活棟は文藝部が〝体育館〟って呼んでるんじゃね?」
蓋を開けてみれば、こんなぶっとんだ考えである。
流石に僕でも部活棟は知っている。一応ここで、僕が通う高校の構造を紹介しておこう。
そもそも僕の高校は、中高一貫と言われるいわゆる〝進学校〟である。僕が通っていた中学校はいわゆる〝フツー〟の学校だったのだが、死ぬ気で勉強して、何とかここに受かったという壮大な歴史がこの高校には詰まっている。
進学校を選んだ理由は─察しの通りだと思うので言わないでおこう。
そして注意しておきたいのが、進学校だから学校の構造もハイテクなんてことはないということだ。
学校は主に三つの要素からなる。
中学校舎と高校校舎は言うまでもないが、もう一つ、最後の要素が部活棟である。この高校には意外と多様な部活がみられていて、(これこそ進学校の特徴だろうか?)文藝部を筆頭に、百人一首同好会、戦術科学研究会(内情は知らない)、チェス部、そして「幻のDJ部」などなど。
わざわざDJ部に〝幻〟とつけたのだが、実はその上位互換に〝伝説〟と呼ばれる部活も存在している。
言うまでもない、文藝部のことである。
……さて、以上が学校についての話だが、だからといって如月の発言は正当化されない。
ただ、〝謎解き〟という点では確かにそうかもしれないと思ってしまった。そうすると文藝部が〝伝説〟と言われるのも理由が説明できるのだ。しかし〝伝説〟と言われるにしても、やはり如月の議論ではいささか浅い。というか如月が思いついたら誰でも思いつくはずだろう。え、思いっきりディスったって? これはディスったうちには入らないんだよ。
つまり、おそらく僕の仮説だが、これは文藝部に入るための条件ではないだろうか。
ただ、だからといってどうする? わかったところで僕にそんな才能は備わっていないのではないか─―
『俺が、君を超えて見せる』
そう言って別々の旅路を辿っていくこととなった僕らは、「また会える」のではなくて、「また会う」ために着々と準備を進めていった。彼女側のことは別れてからも手紙を送られず、たいして僕は最後に言ったあの言葉が気取りすぎていることに震撼して、送れる気力がなかったので、知ることは叶わなかった。
さて、ということで、必然的に僕についての話になるのだが、少なくともこちら側はあまりにも悲惨だった。小説家になろうと思い立ったのはいいが、まず何をすればいいか全く分からないのである。ここで言っておきたいのだが、僕は本にほとんど親しみがない。それなのに、いわゆる「その場のノリ」を意識したせいで、その日の夜、死ぬほど後悔する羽目になった。
そこで立ち直れたのは、ひとえに中学生であった頃の僕の精神力のおかげである。数日後にはけろっと「何とかなるだろ」という当時の口癖を言いながら本当にどうにかしていった。生徒会長になって培った恩恵の一つでもある。
まずやってみたのが読書である。とりあえずはここから始めなければ、物語の構成、表現技法、言葉の正しい使い方、これらを概念的に理解して、これからの方針を立てることはできない。学校が終われば即帰宅、即読書。生徒会は(某漫画のように)そんなに多忙ではないので読書にうつつを抜かしても問題はなかった。そういえば、ある時、図書館にこもりきっていたらいつの間にか閉じ込められてしまったこともあった。
こうしてある程度文章力のレベルを鍛えたところで、次に始めたのが執筆である。
現実を思い知ったのも、このタイミングであった。
自分の自信作を、寝る間も惜しんで完成させた作品を、面白くない〝駄作〟と言われたときの、血の気の引く思い。悲しいとも傷ついたとも似つかない、いうなれば「このレベルでしかなかったんだな」という自分への落胆。僕はまだ一度しかそれを経験していないが、そこで一般的な〝挫折〟を味わって、そのままずるずるとそれを引きずっていった。
「才能ゲー」という言葉がある。持って生まれた才能がその人の道を決めていくという、単純明快な言葉だ。挫折に引きずられていた僕は、その言葉に救いを求めた。しかし、何も言わず見守っていた神は、それを許さなかった。
僕にはまだ、交友関係の強さも広さもある。そう思って、笑顔で振り返ったその先には、既に何もなかった。そのことに気付くのが、あまりにも遅かったことを悟った。
「一緒帰ろうぜー」
「先輩、この仕事教えてください!」
「天城先輩、今日放課後体育館の裏に来てくれませんか─」
こんなことばを全て「ごめん今日用事あるから!」と言って済ませられると思っていた僕は、あまりにも軽薄だった。
「それが君の罪だよ」
またか?
「自業自得さ」
もういいんだよ。
「そういって、逃げることばっかりだね、君は」
シルエットのように切り取られた彼女が、僕の目の前にふっと現れる。
「諦めてばっかり」
「少し挫折していい気になってんの?」
『……私が見ていた君はそんなんじゃないでしょう?』
最後の言葉は、僕が思い浮かべた幻聴だとそのときは気づけなかった。
「もういいんだって……もういいんだよ!!」
振り切るように強く、でも枯れた声を出す。
「!? どうした……天城?」
「はぁっ……はっ、はっ……?」
いつの間にか目の前の影は薄れていて、そこには太陽が生み出した〝僕の〟影があっただけであった。横を見ると、如月の不安そうな目とぶつかる。
「そんなに……やっぱり、僕がいないほうが、よかった、の?」
「いや、違う、そんなわけじゃ」
「ごめん……ごめんね」
目の先の地面に水滴が滴ったと思うと、それは雨がもたらしたわけではなく、如月の涙であった。文脈が完全に読めないことに僕は動揺しつつも、枯れた声のまま反論を試みる。
「ちがっ……」
途端、僕の目の前を素早く何かが通ったと思うと、それは体育館の裏へ飛び出す。ふと、後ろを振り返ると、如月が、いない。
直感でそれが如月だと感じ取った僕は急いで彼を追い始めたのであった。
「ありゃ、思ったより修羅場?」
彼等の後ろでひっそりと佇んでいた二人は、事態を静観していた。
「……やっば、」と言いかけた彼の言葉を遮って彼女は話し続ける。
「じゃあ、ま、とりま」
その言葉に彼も同調した。
「「追いますか」」
そして、彼等の言葉、如月の涙、すべてが組み合わさった歯車が、天城凪の高校人生の2ピース目を回し始めたのであった。
【 あとがき 】
一ヶ月に最低でも一話、更新間に合ってよかったぁ(正確には既に完成してたけど更新するタイミングを見失ってました……)
今回の話で大きな転換?(部誌で区切りよくするためにはこの選択しかなかったんだ!!)となったんですけど、それに関係していっそ話を区切ろうかなぁということで、これにて『Lv.1』を終わらせて『Lv.2』へ移ろうと思います。
章ごとにサブタイトルつけるなら『Lv.1』が「天城立志編(〇滅の刃みたいやな)」で、『Lv.2』が「文化祭編」になりますねー。「文化祭編」ってとこから想像を広げてもらえたら幸いです。
では次回もまた!
かけだしらいたー lien @Chamel76
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