—――――――――(2)

 ——キーンコーンカーンコーン——

「席に着いてください、授業を始めますよ」

 ガタガタッゴトッ

 ガタッゴト

 ガタッ


「今日は今年度から新しく導入された情報をやっていきます。まずは一旦、コンピュータールームへ行きましょうか」



「はぁ…はぁ…!!」

 ガラララッ

「……すいません、遅れました!」

 ドアを開けると既に授業は始まっていた。

「はーい、今からコンピュータールームへ行くのでついてきてくださーい」

 そう優しく、ニコニコしながら声をかけてくれる先生に少し甘んじて気が緩む。

「わかりました……ってうわっ」

 その言葉を言い終えたと同時にクラスメイトは一斉にドアに押し寄せる。人波に酔いつつも、そのまま僕もコンピュータールームへと向かっていった。


 ……意図的に遅れたわけじゃない。

 千野先輩が去ってから、(実は違うクラスの)如月とも別れ、なんとなくトイレに入っていたらチャイムが鳴っていたのだ。そして大慌てで個室を飛び出して……今に至る。

 本来だったらこんなヘマはしないはず。なぜなら基本、休み時間は自分の席にずっと座っているから。


 ——まだ雑音が響きつつも、先生は声をあげる。

「今日の授業ではまず情報とは何か、について話していこうと思います」

 10分ほどたってやっと全員がコンピュータールームに移動できた。教室からそこまではせいぜい200メートルもなかったが、先頭の何人かが悪ふざけをしてまったく進めず、結局グダグダしてしまった。それでも先生はニコニコしていた。


 ——何かあったのだろうか?機嫌が異常によくなっているのか、それとも異常に悪いのか、それすらも判別できない。

それに僕は「仮面」と勝手に命名した。裏に別の表情を持っているような、意味深な顔。


 仮面の表情を保ったまま先生は話し始める。

「まず、みなさんは情報、と聞いてまず何を思いつきますか?」


 先生から興味は逸れ、そのまま僕は独り語りを始めていた。

 ここで一つ注意しておくが、僕の成績は全くよくない。



 ——情報、というと、近年では、というよりここ数年でネット社会化が急速に広がったと思う。SNS、ツイッター、ユーチューブ……上げればキリがない。そうしたコンテンツが主軸となった会話が中高生の間ではとくに盛んだし、小説ではWeb小説というジャンルも台頭していた。

 紙媒体と違ってスマホさえあればどこでも見ることができる、大きなメリットを持っているが、僕はあまり好んでいない。

  

『nagiさん、いつも応援してます、頑張ってください!』

『ここの表現すごい好きです』


 ネットでもなんにせよ、小説が売れればこんなコメントが贈られるのは必然、特にネットではそれが読者の目にとどまりやすい。贈られれば嬉しいけど、一方で『面白くない』『読む価値はなかった』といったものも贈られてくる。小説を発信する側はこうしたリスクを得るのも必然だ。このリスクがネットだと顕著だから僕はあまり好まない。

 また、この時人はに流される。ある人が"嫌い"と言ってしまえば、あの人も、この人も"嫌い"、”好き”と思ってもそれを言葉として残せない。

 重い言葉の弾丸がこうして飛び交うのが現状だろう。

 つまり、自分の考えを発言しにくい。だから僕も学校生活では発言しにくくなっているんだろうな……ちょっと待て、「発言しにくい」?


 発言しにくくなった原因は、ネット社会化が原因なのか?


 ◇ ◆ ◇


 その疑問は二限、情報が終わってからも頭の片隅に残っていた。廊下を歩きつつ、再び自分の世界に没頭する。


 時間は三限、四限、五限……過ぎるのはすぐだった。


 ——キーンコーンカーンコーン——


 終礼が終わるとクラスは二つに分断される。「部活勢」と「帰宅勢」に。僕は今までの文脈からわかる通り帰宅勢に分類され、あの如月陽キャは部活勢。


 如月の他によく話すような間柄の人もまだできていないし、別の用件もあるので、で靴箱を出る。そして、朝見た満開の桜の中を朝とは逆…ではなく、大通りから外れた横の路地を通る。僕の「日常」はまだ終わっていない。その延長線がこの先に待っている。

 ……薄暗い、人が好んで通らないだろうそこを抜ければ一気に視界は開け、公園が今日も待っている。あってほしくないという希望的観測を抱くことも既に諦めていた。

 贖罪しょくざい。そう言葉に表すのは自己満足だ。


「いよーっす、どーも、あまぎくーん?今日も早いねっ」

 学ランのボタンを開け、中に着けている合金(おそらく純金ではないと思われる)のネックレスをちらつかせて、中川晴紀なかがわはるきは優しく微笑む。でも優しくないのを僕は知っている。だってほら…

「まぁ僕からしたら遅いんだけどっ」

 腹に膝蹴り、そして退いてからの回し蹴り。彼よりも僕が大きかった体格はあの頃とは真逆で、あたかも小動物を虐める、そんな表現が彼の笑顔からは滲んでくる。


 もっとも実際のところ、こんなことを考えていられるのは最初だけで、小動物の意識はしばらく飛んでいたんだけど。


「……って……ういうつもり!? ……ったえますよ?」

「……ってない……? だってさ……だよ」


「──!?」


 眼前の光景に驚き思わず目を瞠るが、まだ戻っていない意識が追いつかず突発的な頭痛がじんじんと響き顔をしかめる。ここは──公園か。公園で、今日もまたボコされて……目が覚めると中川がまだいる!?やっばい、まだやられるのかよ……と思ったら女子がいる?

「まぁとにかく!!」

 女子の大声が公園に響き渡る。一方、中川は無表情で気だるそうに……口論をしているのか?


 その様子をしばらく眺めることにし、というよりもまだ蹴られた箇所が痛んで動けないのでとりあえず体を仰向けに向ける。途端中川と女子の両方がこちらを一瞬向いたが、何もなかったようにまた口論を始めた。こっちを向いたってことは僕のことについて話しているのだろうか。

「あぁ……きっつ、」

 絶対長引くわ……となんとなく思っていたら、彼女が鞄から何かを中川に向けた。      

 鞄が自分の学校と同じものだから同級生だろうか、と僕が関係ないことを考えているとどうやら状況が一変したようだ。


 何かを向けた後、中川の態度はみるみる豹変し、猫を被ったような感じになった。直後、彼女の横を通り過ぎた瞬間独り言のような言葉を言ってそのまま去っていった。

 思ったよりも長引かなくて帰るのはいつも通りになりそうでよかった。

 そう安堵していると、彼女は去っていく中川には目もくれず僕のほうに歩いてきた。


「君、大丈夫?」

 右手で髪をかき上げながら左手を差し向け、彼女は微笑んだ。

 

 この瞬間が、天城凪小説家志望と倉橋帆夏ほのか──先輩プロの出会いだった。



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