閑話:ソルージアの学園生活


 浴室から聞こえる鼻歌、どうやら最近仕えるようになった彼女の機嫌はいいらしいと、メイド服姿の女は感じていた。恩人である貴族の頼みで引き受けた仕事ではあるが、それなりに実入りもよく、所属している冒険者パーティの活動が休止している女にとっては衣食住も保証されるということもあり、渡りに船の依頼。


 初めは大貴族の令嬢という下級貴族出身の自分とは正反対の生き物の世話係兼護衛兼監視役という依頼に身構えていたが、実際に話してみれば相応に我が儘なところはあるものの、なかなか一本芯の入った娘であった。


 本来であれば入浴の世話もしなければならないのだが、令嬢本人から必要はないと断られてしまった。戦場ではそれどころではないでしょう、というのが彼女の考えらしい。この少女が戦場に立つことなどそうあることではないとは思ったが、しなくていものならと了解をした。


「セレス、髪を乾かしてもらえる?」

「ええ、ソルージア様」


 Aランク冒険者セレスティア・エイヴリンの生活魔法によりソルージアの美しい金髪は瞬時に乾く。多少の変装と偽名で辺境伯家令嬢であるソルージアに新しいメイドと紹介された彼女だったが、その正体は一週間で露見してしまった。


 このことは雇い主であるソルージアの父には報告してあるが、現在も依頼は継続中である。


 そして冒険者であることを知られてしまったセレスティアはソルージアからも直接依頼を受けることとなった。それは「冒険者としての戦いを教えること」。今日も早朝から魔法と剣術を使った戦い方を教示したところである。


 汗を流したソルージアと違ってセレスティアは生活魔法の【清掃】を自身にかけただけであるが、一般的な女性の身長よりも高く、しなやかで筋肉質な体型の彼女がメイド服を着ている姿はどこかのブランドのコレクションのようですらある。


「碌に鍛錬の時間も取れないなんて嫌になりますわ」

「ソルージア様、話し方が戻っていますよ」

「あら、いけない。嫌になるわ、ね」

「フフ、よく出来ました」


 お嬢様然とした口調だったソルージアであったが、最近は彼女の中にある強い女性像というものを目指してその口調や仕草を改善中である。無論貴族としてのあるべき姿という枠の中ではあるが。


「それに学園で学ぶことはソルージア様にとってもとても大切なことです。強くなりたいという貴女の気持ちもわかりますが、勉学も疎かにしてはいけません。知識もまた力となります」

「わかっていますわ…わかっています。でも貴族同士のくだらない駆け引きを飽きずに一日中やっている連中と席を並べているのはもううんざりなの」

「だからといって上級生を叩きのめすのはよくありませんよ」

「わかっています。それにあれはあちらから突っかかって来たのよ。私は正々堂々とそれを受けただけ。確かに少しやりすぎたとは思っているわ」

「…全身に火傷を負わせた上に内臓も一部損傷していたそうではありませんか」

「だから少しやりすぎたって」

「少し?」

「もうっ! 兎に角あれは力の差もわからない愚か者がいけないのですわ! ほら、もうこんな時間ですわ。朝食に行きましょう」


 入学当初は王都にある自宅から学園に通っていたソルージアであったが、親の目を気にせず鍛錬が可能な施設の揃った寮で現在は暮らしている。大貴族の令嬢ということで一般の生徒に比べ広い部屋を用意されてはいるが、寮の決まりで食事は寮の食堂でとることになっている。それを口実に説教から逃れようとしたソルージア。


「お転婆すぎますと愛しのレイブンに嫌われますよ」

「な、な、な、何をおっしゃっているのかしら! 私はただ、私の身代わりとなった彼を助けたい一心で…」


 少しだけ嗜虐心を覗かせた笑みを浮かべるセレスティアのその一言で、ソルージアの頬は桃色に染まり、まるで桜の花びらのようになった。彼女は何とか反論を試みたが、羞恥心から最後まで言い切れずに尻すぼみに終わった。これはおそらく、彼女自身がその事実を心のどこかで認めているからだろう。


 セレスティアがソルージアの恋心に気付いた理由は、タトエバンがこの依頼をセレスティアに紹介したことにある。


 セレスティアの所属する冒険者パーティはタトエバンと親交が深く、その関係でレイブンが幼少期の頃に何度かユークァル家を訪れ、滞在していたことがあった。それをソルージアに伝えたところ、レイブンの幼少期の話に彼女が異常に興味を示したところからセレスティアは彼女が抱く感情に気づいたのだった。


 言い返す言葉もなくそのまま食堂へと向かうソルージアとその後に続くセレスティア。セレスティアは先ほどまでソルージアをからかっていたいたなど微塵も見せず、完璧なメイドとして振舞っている。


「おはようございます、ソルージア様」

「あ、あら、おはよう、リリアン」


 声をかけてきたのはソルージアの学友である伯爵家令嬢のリリアン。入学前からソルージアと親交のあった彼女は「正しく」貴族令嬢として育てられた自分とは違い、己の力で信じた道を突き進んでい行くソルージアへの傾倒を日々強めていた。そんな彼女が桃色に染まった彼女の顔に気が付かないわけはなく。


「お顔が赤いようです。体調が悪いのでは?」

「あ、いや、いえ、なんでもありませんわ」


 リリアンの心配そうな表情に対し、ソルージアは慌てた返答をした。


「今朝は少し冷えますから。温かい紅茶はいかがですか?」

「ええ、それがいいわね。ありがとう、リリアン」


 そのリリアンの提案にソルージアは応じた。湯浴み直後で体温が高かったが、リリアンの提案を素直に受け入れた。


 食堂に入り、席に着くと、セレスティアがすかさず特製のハーブティーを差し出す。


「こちら、心も体も温まるでしょう。愛の炎が燃え盛る貴女には不要かもしれませんが」


 セレスティアはソルージアの耳元でこっそりと囁いた。その言葉に、ソルージアの頬は再び桃色に染まる。


 屋敷のメイドとは違い、時には姉のように接してくれるセレスティアと過ごす穏やかな朝。邪神を崇める組織による誘拐事件と、姉のように感じていたメイドの裏切りによって深い傷を負ったソルージアであったが、セレスティアとの共に過ごす日々の中で、その心の傷も癒えつつあった。心に負った傷跡は消えることはないが、それがソルージアをより強く逞しい存在へと導いていくのだった。



 ◆◆◆



 閑話は以上です。しばらく掲載はお休みさせていただきますが、なるべく早く再開したいと思っております。引き続きよろしくお願いします!

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邪神の力を身に宿して転生した俺が平々凡々に生きるためには 広川朔二 @sakuji_h

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