閑話:魔道具職人と魔道具店主

「フフ、随分とご活躍なさったようですね。おっとそのような目はおよしください、もちろん、ええ、もちろんあなたの立場は分かっておりますが、少々動きすぎではなかったでしょうか。ですが、まあ、結果としていい方向に進んだとは思いますがね」


「なんだ、用があるというから人払いをしたというのに…はぁ、嫌味を言いに来ただけか、随分暇なのだな。それだけならもう帰ってくれ」


「おやおや、折角あなたの好物を持ってきたというのにつれないことを仰らないでください。ほら、この包みを見ても同じことを言えますかね」


「はっ、それは! おい、早くよこせ! あぁ、このバニラとラム酒の芳醇で甘い香りに加えキャラメル化した砂糖の香ばしい香り…これはカヌルガンド銘菓、ラメルバーニレのカヌレ! しかもこれだけ香りが立っているということは…」


「フフ、ポルトアリアで焼きたてのこれが食べられるのですよ。もう少し歓迎していただいてもよろしいのでは? ええ、そうですね、お茶くらいは淹れていただきたいものです。ああ、そうそう、あなたの探し人の一人の痕跡をようやく見つけることが出来ましたよ」


「ちっ、それが本題か」


「おや、あなたのご依頼ではないですか。そのように渋いお顔をなさらないでください。もっと、ええ、もっと嬉しそうにしていただかないと。私もそれなりに苦労して調べたのですから」


「…これがあるということはカヌルガンドか」


「ふふっ、慧眼恐れ入ります。さて、どうします。あなたも向かわれますか? ああ、そうそう、移動に私の【力】は使えませんのであしからず。ですが、まあ、あなたでしたら渡航費用に困ることもないでしょうし、どうです、偶には大海原を旅してみるのもいいのでは」


「ふん、見つかったのは痕跡だけだろう。こちらの依頼は居場所を探し出せというものだったはずだ。手土産を用意する前にすることがあるだろう」


「これは手厳しい。ええ、まあ、そうですね、私としたことが、少々仕事が甘かったでしょうか」


「何をぬけぬけと」


「おやおや、こちらの意図はお分かりのようですね」


「大方、例のアレと共に行かせたいのだろう?」


「いえいえ、そんなつもりはございませんよ。ですが彼、いえ、彼等が向かったジルバンド大陸できっと面白いことが起こるのではないかと思っておりましたので。折角ですから、あなたもご一緒にいかがかと思ったのですよ。表舞台に出ないまでも、歴史、いえ、世界が変わる瞬間を見届けられるかもしれませんよ」


「はっ、ふざけたことをぬかすな。まだ世界は、いや、奴らが動かないのは分かっていると言っているだろう。世界を包む魔力にも神力にも兆候は見られない」


「ふむ、データを重視するあなたの意見は変わりませんね。ですが、ええ、ですが直感を信じるということも大切ですよ。どんな平穏だって、一つのことが切っ掛けで崩れることはあるのです。私はその瞬間を見逃したくはないのですよ。何より私の存在の根幹に関わってきますからね」


「世界の異物か…」


「おや、あなたも同じ穴の貉でしょう」


「ふんっ。…ジルバンドに行くというがシエイラはもういいのか? 世界樹の守護者は?」


「ええ、あの地は彼の加護を得たと言っても過言ではないでしょうから。私が余計なことをしなくても問題はないでしょう。守護者も随分と安定したようですしね、フフフ。世界は誰かの犠牲の上に成り立つという性質があるといえども、やはりそれはその世界の魂であるべきですからね」


「できることなら守護者もこちらに引き入れたかったが…」


「それは無理という結論に達したでしょう。ああ、そうそう。そういうことですのでしばらくは私も忙しくなると思います。こちらへもそう頻繁に顔を出すのは難しくなります。私に会えなくて寂しいかとは思いますがどうか、ええ、どうか可愛いひ孫さんに当たらないでくださいね」


「…わかっている。そちらこそ自分の楽しみを優先して本来の目的を忘れるなよ。それに先日の一件も何やらおかしな奴らが動いていたようだからな」


「ええ、存じておりますとも。ですが利になることはあれど、害になることはありますまい。道はどうあれ目的は同じようですから。フフ、そんなに怖い顔をしないでください。わかっておりますよ。彼らの目的など、我々の目指すものの通過点でしかないことはね」


「ふんっ。話は終わりか? ならさっさとそれを寄こせ!」


「おやおや、まったく。どうにもこの世界の者ではない方々は揃いも揃って食い意地がはっておりますねぇ。おかげで色々と扱いやすくて助かっておりますが。ああ、そうそう。こちらの料理人に例の「ダシマキ」のレシピもお伝えしておきましたので、今晩はひ孫さんとディナーを共にすることをおすすめしますよ」


「モグモグ…ほれ、お前も食べるだろう。やはりここのカヌレにはこの茶葉だな」


「おや、いつの間に。では私もご相伴にあずかるとしましょうか」

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